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誰と妊活してるんだ?――裏切りの果ては  作者: てとてと


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第11話② 火の痕(愛花)

今回は2話投稿の2話目です

 その後、仕事ができるはずもなく休んだ。

 どうやって帰ったのか記憶がない。

 そして、家から出られなくなった。


 仕事は全て休んだ。


 スマホを握り締めながら、布団のなかで震えていた。

 通知が来るたび、びくりと全身が粟立った。


 バレたのか?

 詰問されるのか?


 スマホに触れることもできずに、やがてスマホは沈黙して動かなくなった。

 電池切れだと分かってはいても、視界の端に入れることしかできない。

 何かと我慢比べをしているかのように、スマホとの距離を測っていた。


 冷蔵庫の中身が無くなって、お腹が鳴れば外に出ざるを得ない。


 そして、一度外に出て見れば気付くのだ。

 空気も景色も音も香りも何も変わらない。

 自分の心と裏腹に、世の中は進み続けている。


 風が髪を撫でるのを感じると少し落ち着いた。

 自分はちっぽけで、惨めになる。


 どんなに思い悩んでも、過去は変わらない。

 なるようにしかならない。


 電線に止まった雀が目に入る。

 チチチと矢継ぎ早に鳴く声を聴くと、雀もなにかに追われているのか?

 それとも誰かを呼んでいるのか?

 あの子は帰るところが無いのか?


 いや、それは自分だけだ。

 雀には仲間も、帰る場所もあるだろう。

 今、たまたま一人なだけだ。


 妙な圧迫感は無くなっていた。


 そして、仕事に復帰してまた日が経った。

 最初はビクビクした。

 ドアが開くのが怖かった。


 赤塚君。


 彼が……そして、いつ次の赤塚君が現れるのか?

 どんな知り合いにバレてもおかしくない。


 それでも何度も赤塚君を思い出す。

 彼が触れた右手。

 左手で触れると熱い気がした。


(何を確かめたかったの……?)


 押されたら……どこまでも流された。

 でも、彼は触れてこなかった。

 他の男のように、私を求めてこなかった。


 ただ手を握って何十分も過ごした。

 それが強く焼き付いて残った。


 その日は珍しく待機室にいた。

 グリンスとローションを補充していたら、受付を終えたスタッフから声がかかった。


「さくらさん、田中さんからご予約はいりました。ホテルウィンドウ、90分です。タクシーでお願いします」


「……はい」


「あと、最初の服装を希望されているんですが……今日って?」


 ハッとなって服を見ると、青。

 田中はどこかで見ていたのか?

 妙な因果を感じる。


「多分、最初の服だと思います」


「よかった。ではよろしくお願いします」


「はい」


 お仕事用のミニトートを持つ。

 プライベートのバッグと二つを持って立ち上がった。


 ホテルのドアを開けると、田中が迎えてくれた。

 最初のお客さんで本指名の常連。

 もう何度も会って色んな私を知っている。


 柔らかい笑顔を浮かべる。


「来てくれてありがとうね」


 田中は優しくて無理がない。


「呼んでくれてありがとうございます」


「リクエストの服だね!いやあ、嬉しいよ」


「……たまたまなんですよ」


「ほんと?」


「ええ。私もびっくりしちゃいました」


「なんかビビっときてね」


「すごいですね」


 思わず彼の顔が思い浮かんだが、微笑みを作って答える。

 運命なんてない。


「そういえば旦那さんいるの?」


 一瞬、和朗の顔が浮かんで視線を斜め上に向ける。

 ニコッと笑顔をつくって、


「もうっ! 秘密ですよ」


「そっか、そっか」


 冗談めかしたけれど、通じたかな?

 田中なら変に執着されないと思うけど……。

 いつものように田中を楽しませ、シャワーを終えたとき、彼が呟くように言った。


「やっぱり、癒されるよ。ありがとう」


「……私こそ……」


 そっと手を握る。

 返してきた力は優しい。

 手の感触だけで、気持ちは伝わったけれど、心の中では違う言葉が浮かんでいた。


(あなただけね……)


 自分でも嫌になる。

 けれど、思わずにはいられなかった。

 浮かべた笑顔の分だけ、内側が黒く鈍い光を放つようだった。


 身支度を整えてもほんの少しの時間余る。

 ソファーに並んで座って思う。


(……赤塚君は、求めなかった)


 何度も比較していた。

 田中が触れている間、考えていたのは赤塚君のことだった。

 それでも田中に反応する。

 乱れた自分にスーッと冷めた。


 仕事を終えて自宅に戻る。

 バッグを投げ出し、脱ぎ捨てた服を拾う気力もなかった。

 浴室に入り、熱いシャワーを頭から浴びる。


 そういえばと、使わなかったシャワースチーマーを置いてシャワーを浴びた

 ユーカリの香りが立ち上がって、身体を包み込む。

 

 水音に紛れて、独り言が漏れた。


「……あーあ」


 ――これで生活。


「……してくのか」


 鏡に映る裸の自分。

 たるみも油断もない。


 あの日からまだ何も変わっていないはずだ。

 タオルをきつめに巻いて、両手で頬を張った。

 パチンといい音がして、ジンジンと熱くなってくる。

 刺激があると何故か落ち着いた。


 視線を送って、ハンガーにかけた今日のワンピースを見る。

 捨てられなかった一枚。


 和朗と一緒に選んで、桐嶋との不倫でしか着なかった服。

 風俗の初日に着て、今日も田中を喜ばせた。


 鮮やかな青色。

 私を象徴している服。


 ラインを指先で撫でながら、深く長く息を吐いた。


 ◆ ◆ ◆


 少し躊躇った後、『実行』ボタンをタップする。

 振り込みが完了し口座残高が大きく減った。


 両親に立て替えてもらった慰謝料、一人暮らしのための借金。

 今まで分割で振り込みをしていたのを、今回一括で振り込んだ。


 布団に横になりながら、天井を見つめ、スマホに視線を戻す。

 残高が減った口座アプリには、それでもしばらく生活するには十分な金額が表示されている。


 父と母にメッセージを入れる。

 振込を見て家族が想像する手段は、恐らく現状とそう違わない。


(……ごめんね)


 ため息が出たけど、肩が軽くなった。


 身体は慣れた。

 お金も貯まった。

 けれど――空っぽだ。


 見慣れた天井を見上げる。

 ここからどうすれば……。

 

 目を閉じると、色んな男の顔が思い浮かんだ。

 映像がただただ流れていく。

 そして止まったのは……右手が熱くなって、意識が呑まれていった。


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