第9話② 何度も(愛花)
2話投稿の2話目です
最初の数日は、身体も心も緊張でガチガチだった。
嫌だ。
やりたくない。
必死にこらえながら笑顔を作る。
そして終わると吐き気に襲われた。
けれど不思議なもので、後ろ向きでも数をこなしていくうちに吐き気は無くなっていった。
優しい人もいたし、ただ黙々と欲望をぶつけてくるだけの人もいる。
体型も、年齢も、匂いも、さまざまだ。
人がこんなに違うものだとは知らなかった。
ドアを開けた瞬間、視線が合ってから微笑むと印象がいい。
客が求める会話の距離感。
終わった後のスキンシップ。
ただなんとなく、自分の中で手順のようなものが出来上がっていった。
その手順に合った人は、本指名という形で帰ってきた。
最初は一人一人に強く反応してしまっていたのに、今はもう違う。
(ああ、このタイプか)
相手を冷静に見れると楽だった。
名前も、声も、終わればすぐに記憶から抜け落ちていく。
むしろ覚えていたくなかった。
「いやぁ、今日は良かったよ」
(今日は?)
そう言ってチップを出されることも。
気になる言葉があっても深くは考えない。
「嬉しい……ありがとうございます」
愛想を込めてチップを受け取った。
部屋を出ると、笑顔はすぐに消える。
鏡を見なくてもわかる。
今の私には表情が無い、口元に歪みが残るのは些細なことだ。
……私の仕事。
そう思えば、腹も座った。
感情を削いでしまえば、あとは流れ作業。
数字に置き換えれば、さらに胸が軽くなる。
――けれど。
自宅で札を数えているとき、手が止まってふと呟いてしまう。
この金額は自分の値札。
就職をして仕事をしてもらうお給料も自分の値段だ。
バイトのレジ打ちもそう。
でも、この仕事だけは違う。
生々しい自分の価格。
店が決めたとはいえ、私の価値だ。
これが高いのか安いのかもうわからない。
身を削っても見合っているのだろうか?
カレンダーに書いた出勤の赤丸は、どんどん増えていった。
◆ ◆ ◆
ある日、田中さんから本指名が入った。
最初の人?本当に?
と思って店長に確認したら「間違いない」と。
あの優しさは田中さんのスタイルなのか初日だけなのか。
口開けからの予約。
胸は温かく高鳴って、その日が待ち遠しくなった。
新しいワンピに袖を通す。
オフホワイトと淡いネイビーのツートン。
花の刺繍が入っていて清楚なイメージがありつつ、胸も強調できる。
スタイルの良さがはっきりと分かる。
初日のワンピよりも清楚でセクシャル。
きっと田中さんは喜んでくれる。
店には早く顔を出した。
そのままカフェで時間を潰す。
何度も時間を確認した。
時間つぶしに本を読んでも、ニュースを見ても、動画を見ても頭に入ってこない。
変わっていく時間だけが目に入る。
そろそろかと化粧室に行く。
丁寧に歯を磨いて、外見を入念にチェックする。
服も髪も、どこにも乱れはない。
化粧もギリギリまで薄く、自然になっている。
薄く香るように香水を紙に吹きかけてから馴染ませた。
スマホが震えたので通知を確認。
『ホテルケリー 502号室 田中様 120分2万6千円』
(よし)
思わず鼻息が強く出た。
時間も長くなってる。
しかし、インターホンを押す指は震えた。
初日以上に鼓動がうるさい。
間を置かずにドアが開く。
「やあ」
と穏やかに挨拶をくれる。
田中さんだ。
小太りだけど清潔感があって、柔和な笑みを浮かべている。
すっと鼓動が落ち着いて、嬉しくなった。
田中さんの視線が下がって、眉が動く。
「ワンピ良く似合ってる。とても綺麗だ」
「ホント?」
「ああ。こんな素敵な人と過ごせるなんて自分が信じられないよ」
「もう」
ほころんだ田中さんの笑顔に嬉しくなって、手を握った。
「ずっと……会いたかったの」
「俺も会いたかった」
見つめ合いながら言葉を紡ぐ。
しんとなっても柔らかく時間が過ぎる。
部屋に入ると、テーブルには有名店の紙袋が置いてある。
「これ、よかったら。ここのマドレーヌ美味しかったからどうかなと思って」
「嬉しい!ありがとう!」
なんでだろう。
この人からのプレゼントは嬉しい。
初の接客相手だったから嬉しいのではなく、田中さんだから嬉しいのだ。
ソファに深く腰を下ろして会話をする。
細やかな気配りが自然で落ち着く。
見た目以上にモテるだろうと思った。
「田中さんモテるでしょ?」
「俺?見ての通りだし、そうだったら嬉しいな」
田中さんは否定をしない。
それがまた、いい。
優しくて上手で……。
好印象そのままに、我を忘れるほど乱れた。
気持ちの有無でこんなに違うとは思わなかった。
身体が蕩け、痺れて動かない。
田中さんはどうだったかな?
余韻に浸っていると、田中さんが離れようとする。
思わず抱きついた。
まだこのままがいい。
「ねえなんでまた呼んでくれたの?」
「そりゃあ、ずっと気になっていたからね」
「ホント?嬉しい」
触れ合っている肌の感触よりも、腕が彼を抱きしめていることの方が大事だった。
「こんなに連続で無理してない?」
「いやぁ、安いもんだよ。さくら、君みたいな美人と遊べるんだから」
そう言いながら頭を撫でられる。
(安い……もん……?さくら?)
撫でられる手から感じてた快感。
途中からぞわぞわと寒気に変わっていく。
背筋がブルッと震え、脚が強張った。
(2万6千円)
(それが――安い)
身体の熱がどんどん抜けていく。
つま先が冷たい。
「うれしい……」
――くない。
「シャワーしようか?」
「はい。ちょっと準備するから先に入ってもらえますか?」
素直に移動する田中を見送った。
田中の顔を見ていたのに、ぼやけて顔が無かった。
(あっ、同じ……)
震え出す。
唾を飲み、両腕を抱えて前にかがんだ。
口元をいつもの笑顔にすると、「くくっ」と声が溢れた。




