第9話① 止まらない(愛花)
今回も2話投稿します
布団の中で思い出す。
体験入店、今日の接客はたった一人。
(……田中さん)
初仕事でテンパった私にやさしく流れを教えてくれた。
そっと壊れ物を扱うような手つき。
まだ感触が残っている。
思い出してフワッと腰が浮きそうになった。
呼吸は荒く、和朗の顔が思い出せない。
飛んでいかないように両腕を握り締めて丸くなる。
力強く噛みしめた歯が音を立てた。
視界の天井が歪んで渦を描いている。
口が勝手に動いて何かを言っていた。
(忘れても……)
(いいのかな)
胸が苦しい。
本当は和朗に抱かれたかった。
自分で壊してしまったものを、他人で埋めるなんて……。
それでも、温もりじゃない、お金なんだ!稼ぐんだ!と自分に言い聞かせる。
グッと内腿に力を入れた。
離婚後、初めてぐっすり眠れた。
朝、目を開ければ、陰鬱とした天井が明るく見えた。
店には『このままお世話になります』と継続の連絡を入れる。
折り返し『よろしくお願いいたします』と届き、次の出勤は3日後に決まった。
その日のうちに、店から予約の通知が来た。
◆ ◆ ◆
出勤2日目。今日は化粧ののりがいい。
にこやかな表情も作れている。
『ホテルケリー 303号室 佐藤様 90分1万8千円』
佐藤……どこにでもある名前だ。
「あっ」
同じホテルだと気が付いた。
きっと今度も同じだろう、と油断していた。
ドアの前に立ち、軽く服装を整える。
インターホンをためらい無く押した。
「おう、来たね」
ドアが開くと、四十代くらいの小太りな男。
バスタオルを腰に巻いただけの姿。
なにか違う。
タバコと加齢臭が混ざったような匂い。
思わず息を止める。
背筋に冷たいものが走った。
今、表情は歪まなかった?
佐藤は不躾な目線を隠そうともしない。
品定めをするように顔を見て視線が下がる。
胸元を見ると満足げに口元を歪めさらに視線を下ろす。
「こっちこっち。ほら、早く脱いで」
もったいないと言わんばかり、有無を言わせぬ調子にたじろぐ。
すぐさま、入室の連絡をする。
「可愛いねぇ!」
佐藤はニヤニヤと笑いながら、私をベッドに押し倒す。
「服を脱がせたいんだ。いいだろ?」
「あっでも」
「まあいいからいいから」
体温は伝わっても、心は触れ合わない。
ひたすら私を貪る佐藤。
「身体だけ……ならいっぱいいるんだよな」
終わると、佐藤はぼそりと呟く。
お金を受け取って、私は小さく頭を下げた。
「ありがとうございました」
逃げるようにドアを閉めた。
顔なんか見なかった。
出た瞬間、膝が震えた。
エレベーターに行く前に、座り込んでしまう。
喉元から匂いが込み上げてくる。
「う゛ぇ」
あの匂いだと気が付くと止まらない。
けれど、吐き切ることもできずに、鼻にも喉にもべっとりと残った。
なんとか立て直して外に出られた。
水が飲みたい。
このままなんて堪らない。
ホテル街を抜けたところのコンビニが思い浮かんだ。
ふらつく足を進めてたどり着いた。
コンビニのガラスに映った自分の顔を見て、思わず立ち止まった。
濃い化粧が少し崩れて、まるで知らない女に見える。
姿を見れば、喉の違和感よりも気になった。
自動ドアが開くと軽快な入店音が鳴る。
気分が落ち込んでいても、この音はなんかホッとする。
全身鏡の前で立ち止まる。
今朝とは大違いに疲れた表情。
表情を作れるかな?
ニィと口角を上げてみるが、目が笑っていない。
怖いだけだ。
しかし、表情よりも化粧よりも、髪の毛がヘタってるのが気になった。
毛先を確かめる。
生乾きだ。
ホテル街の近く、化粧も少し崩れてて生乾きの髪。
バレバレだ。
(……何してるんだろう)
自分の呼吸が感じられない。
少し前の浮ついた気持ちは消えていた。
そうだ水だ。
でも水ではだめだ。
いやな匂いを消せるのがいい。
誰かが入ってきて入店音が鳴ると、同時に通知が来た。
たぶん次の情報だろう。
ドリンクの棚を眺め、はちみつレモンにしようか、ホット生姜もいいかと悩む。
少し悩んではちみつレモンを手に取る。
やっぱ化粧も直そう。
イートインスペースに腰を下ろす。
はちみつレモンを一口飲む。
「あ゛あ゛あ゛」
足りなくて、喉を洗うように飲んだ。
おかげか喉は少しすっきりしている。
ようやく肩の力を抜くことができて、ポーチを取り出せた。
手鏡で化粧を確認すると、首筋の化粧が落ちている。
特にエラの辺りは境目がはっきりしていて痛々しい。
メイクを直し始める。
スマホを置いて通知を見ると次の予約だ。
近くのホテル。
ふぅーと息を吐く。
通知は消せなかった。
『了解しました』
この日、あと二人の接客をしてアパートに戻った。
まだ何かが残っている感じがした。
同じことをしただけなのに、今朝あった感覚とは全然違う。
わざと水のシャワーで体を流す。
冷たい水が嫌な感触を消して、と願うように。
それでも残った感触は落ちない。
タオルで何度も何度もゴシゴシ擦る。
感触を消し去りたかった。
もがくうちに涙が溢れてくる。
鏡に映った顔を見つめる。
「うそ……」
思わず声が漏れた。
微笑んでいる私の顔。
「違う!」
鏡に水をぶっかける。
さっきまで泣きながら肌を擦ってたのに、戻れていない。
垂れた水が落ち着いても、顔は微笑んでいた。
佐藤はガツガツしていた。
なにも欲求を隠さない。
そして佐藤ほどではないけれど、二人目、三人目も似たようなものだった。
呼吸が荒くなって、吐き気がこみ上げた。
目を閉じて、初めての客……田中さんを思い浮かべた。
優しい……人。
せめて、あんな風に乱れさせてほしい。
何も考えられないくらいの熱で焼き切りたい。
布団に潜り込み、スマホを見つめる。
通知には、次の予約が表示されていた。
次が田中さんだったら……。
入った予約を確認していく。
予約の2件……田中さんは無い。
こっちから指名できればいいのに……。
店のホームページを見ても、新人に自分が乗っているだけ。
他の子のように、感想やコメントが付いてたりもない。
田中さんが他の子にコメントしてないか?
店にある日記やコメントに『田中』の名前を探す。
田と中、一文字出るたびに指が止まって動き出す。
店のページをもう一度チェックして、他の店のコメントを開き始めた。




