第8話① 居場所のない家(愛花)
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日差しは赤みを帯びていた。
実家に帰った日、出迎えてくれたのは母だった。
「おかえり」
声にため息が混じっているのを感じたが、受け入れてもらえたようで安堵した。
「ただいま」
伺うような低く小さい声になった。
「……迷惑をかけるなよ」
「ごめんなさい」
父は新聞を広げたまま短く言った。
視線はこちらにない。
兄はそっけなく頷いただけで、兄嫁は目を合わせようとしなかった。
リビングの中心にいたのは甥と姪だった。
無邪気な声で「だぁれ?」と聞いて兄嫁の後ろに隠れた。
「パパの妹なのよ。久し振りね」
二人はホントなの?と言わんばかりに兄嫁を見上げて視線を送っている。
兄が咳払いして話題を逸らす。
「そうだよ。これからおばさんも一緒に住むんだよ」
「えーそうなの?」
もじもじしながら子供たちが確認してくる。
「よろしくね。兄さん義姉さんよろしくお願いします」
(ここは……もう私の家じゃない)
母が笑顔で「大丈夫だから」と肩に手を置いてくれたが、手の温かさよりも先に重さを感じた。
不貞での出戻り、肩身が狭いとはこういうことか。
積極的に話を……と思うが、物置部屋になっていた自分の部屋に籠って出れなかった。
夜、布団に潜っても寝付けない。
しばらくすると、壁越しに兄夫婦の会話が聞こえてきた。
「いい年して親に尻ぬぐいさせて……」
「あなたが立て替えた慰謝料だって……」
私のことだ。
徐々に声が大きくなってしまったようだ。
思わず膝を抱えてしまう。
その通り、慰謝料は兄と両親が立て替えてくれた。
父からは「必ず返しなさい」とだけ告げられた。
母は「焦らなくていい」と言ったけれど、兄夫婦は納得できていない。
当たり前だ。
受け止めなければ。
そうは思っても慰めてほしかった。
頬に雫が落ちて、泣いていることに気が付いた。
声が聞こえなくなっても、眠れるはずもなく。
グルグルと過去が浮かぶ。
そして和朗の「終わりだ」という言葉で思考が止まる。
何度も何度も頭をよぎっては打ちのめしてくる。
「早く……」
(……出なきゃ。ここにいたら、壊れて……)
「あっ」
そこまで考えて愕然とした。
申し訳ないという気持ちより、自分のことが先に出ていたのだ。
こんな姿勢で、どうやって家族と折り合えるのか。
どこまでも自分本位であることが苦しかった。
職探しを始めた。
履歴書を何十枚も書いた。
面接に行っては、空白期間を突かれる。
「結婚されていたんですね」
「主婦をなさっていた……そうですか。ところで、どうしてこのタイミングで?」
笑顔で答えようとするが、喉が乾き、言葉がうまく出ない。
「即戦力が欲しいんです」
「ブランクが……」
「結果は後程ご連絡させていただきます」
不採用の通知が続く。
なぜか派遣すら通らなかった。
鏡に映った皺をそっと撫でる。
撫でた指先が震えていて、見るのをやめた。
仕方なしにパートを始めた。
けれどパートの収入では、実家での生活はできてもお金は返せない。
贅沢はしていないのに、口座の残高はじわじわと減っていく。
数字が死刑宣告のカウントダウンのように思えてしまう。
和朗がいた頃は、当たり前に帰る場所があった。
実家は自分の居場所のはずなのに、ここではないと強く感じてしまう。
自分が作った居場所は、すべて自分の手で壊してしまった。
全部……。
それなのに。
「戻りたい……」
そればかりが、繰り返される。
和朗との生活が愛おしかった。
(早くここをでる)
◆ ◆ ◆
実家暮らしをしてから一年が過ぎた。
仕事も決まらず細々とパートをしていたが、さすがにいたたまれない。
さらに父からお金を借りて、実家を出た。
借りたのは安アパートの一室。
壁は薄い。
隣人の生活音も筒抜けて、夜になると知らない人の笑い声やテレビの音が響く。
荷物は少ない。
狭い部屋の隅に段ボールが積まれ、一人用のテーブルと布団があるだけ。
「働かないと……」
生活のために、返済のために。
和朗がいかにしっかり働いて、家庭を支えてきたか身に沁みた。
自分も過去に働いていたとはいえ、働くことの意味を分かっていなかった。
パートの収入だけでは家計が苦しい。
冷蔵庫には見切り品と賞味期限を過ぎた食材ばかり。
もやしが主食になった。
毎日求人を探す。
調べていたら、
『未経験歓迎』
『高収入』
『即日現金』
そんな文字が目に飛び込んできた。
考えなくてもわかる。
夜の仕事……。
「……だめ。そんなのは」
一度は閉じた。
けれど、翌日また同じサイトを開いていた。
(もう……普通の仕事じゃ無理なのかもしれない)
必要な生活費の他、返済がある。
返済、父と兄へ。
本当は孫に使いたいだろう。
生活の保険としても蓄えている。
そういったお金を使わせてしまった。
胸が苦しくなる。
早く返したい。
ページをスクロールする指が震える。
どこかで分かっていた。
けれど。
(私には……)




