第7話③ 紹介
本日3話投稿の3話目です
取引先の担当者に「良かったら、うちの同僚を紹介したい」と声をかけられる。
軽い世間話の延長。
そんな口ぶりで、どうせ社交辞令だろうと思った。
唐突だったが、「是非に」と言われて即座に断れる相手でもない。
仕方がない。
顔を立ててもいい。
週末の夜、小さなイタリアンの店で、彼女と向かい合った。
年齢はまだ二十代で俺よりもかなり若い。
挨拶したときは、すっとした綺麗な子だなとは思ったが、笑うと柔らかな印象になった。
仕事の話、趣味の話、くだらない世間話。
会話が途切れても、重苦しさがない。
女性とこんな楽に会話するのも久々だった。
「思ったより、話しやすいです」
「そうですか?」
「ええ。最初は嫌がってるのかなって思いましたが、とても楽しいです」
彼女はワイングラスを揺らしながら笑う。
「いい人はいないんですか?」
そう。
彼女はある程度の事情を知っていた。
重くならない口調で、けれど真っ直ぐな瞳で彼女がそう聞いてくる。
グラスに伸ばした手を止めた。
目を見つめ返して、言葉を作る。
「動かないんだ……気持ちが」
「ごめんなさい」
「いや、隠すつもりはないよ」
深く息をついた。
「結婚してたんだ……でも、離婚して」
彼女の表情が少し強張る。
「……はい」
「もう六年……になるか」
視線を彼女の目からワイングラスに移す。
自分の手のひらを見て、彼女の目に視線を戻した。
「……浮気されたんだ。俺の同期と」
「……辛かったですね」
「世界が真っ黒になったよ」
苦笑いがこぼれる。
彼女は黙って頷いた。
「今でも想っているんですか?」
思い切り息を吸い込んで止め、ゆっくり吐き出す。
「正直わからない」
「ずっと?」
かぶりを振って答える。
「もう遠くてね」
「遠いんですか?」
「うん。もうずっと前の事なんだ。それでもずっと迷ってる」
「ずっと?」
「そう。ずっと。もう迷いすぎてね。出口もなにも見えないんだ」
「時間では癒せませんか?」
目を閉じて思い出そうと思っても、何も出てこない。
「どうなんだろうね?」
「いやごめんな。俺の話なんか重いだろ?」
彼女はふーと息を吐いた。
「ううん……聞かせてくれて嬉しいです」
微笑んで、ワイングラスを持ち上げた。
「でも無理に解決しなくてもいいと思います」
「ああ……そうかもね」
俺もグラスを掲げた。
チンと鳴った小さな音が不思議と骨の芯まで響くようだった。
店を出ると、夜風が頬を撫でた。
「あっ」
街路樹の桜が街灯に照らされ、淡く光っている。
「咲いてたんだ……」
咲いていることさえ気が付いていなかった。
しばらくぶりに見たような気がする。
「ええ……綺麗ですね。少し歩きませんか?」
頷いて並んで歩く。
公園に入ると、土の匂いがふわりと漂った。
ベンチに腰を下ろすと、隣から小さなため息が聞こえた。
「……お話、聞かせてくれてありがとうございます」
「いや、重かっただろ」
「……本当に大事な人だったんだなって思いました」
彼女はとても真剣で、静かな口調だった。
しばらく沈黙が流れた後、彼女が口を開く。
「実は……私、もう遊びみたいな恋愛はしたくないんです」
「……」
「そんなふうに思ってて……」
彼女の声は小さくなっていったが、しっかり聞こえている。
「うん……」
呟きながら、さっきは浮かばなかった愛花との結婚が脳裏をよぎる。
あれも真剣だった。
そして壊れた。
過去は消えない。
夜風が吹き抜け、彼女と視線が合う。
「また……会ってくれますか?」
一瞬言葉に迷った。
この女性でいいか……と妥協のように思ってしまった。
目が泳いで、何も捕まえずに彼女に戻った。
「俺は……」




