"光の帝国"
「嘘だよね?」
まだ朝早い
アスファルトに横たえられながら、君が泣きそうな顔で僕を視上げる
視開かれたその眼の語る感情が、これが何かの冗談である可能性を期待する色に輝いていた
或いはそれは単に眼が潤んだ事による、光の反射なのかも知れないが
「手編みのマフラーだよ」
「これから二人で、海を視に行こう」
ペダルを踏むと単車は走り出す
その後ろにはマフラーが堅結びにされていて、伸びたその先は君の首に巻かれて居た
ある程度の長さを有するマフラーは、丸まってたわんで居たが、単車が走るにつれ真っ直ぐになっていき
そして今はぴん、と楽器の弦の様に張り詰めて居た
事実として、楽器の様だった
単車の後ろからは、文字に起こす事が困難な呻きが絶え間なく聞こえてくる
時折視やれば、君は解ける筈も無いのに首の白いマフラーを掴んで、脚を乱雑にばたつかせて居た
海を視に行こう 世界は汚いから
二人で視に行こう 死は美しいから
歌いながら、単車の速度をゆっくり落としていく
静かに絞首の時間が収束すると、君は大粒の涙を流しながら、ぜえぜえと酸素を吸い込んだ
「せっ、背中……」
「裂け……」
可哀想に、君は泣き過ぎて、まともに話すことが出来ない
それでも自分の背中の、シャツがびりびりに破けた場所を指で触ると、僕に訴える様に血染めの手を僕に視せた
またペダルを踏む
別に走り出しはしない
排気音が増し、君が泣きながら狂った様に暴れ始める
白かったマフラーは既に赤い斑模様になり始めて居た
君の出す音楽を聴く為に、暫く僕は速度を上げずに君を優しく引き摺った
先程までは気付かなかったが、君の引き摺られた後には、赤いペンキを刷毛で引っ張った様なうねった線がずっと続いて居た
偶然性の作った美術だ
今や僕には君の悲鳴は聴こえなくなり、僕は歩く様な速度で単車を進めながら、路上に引かれていく赤い線を恍惚と眺めて居た
夜が明けていく
海まではもう少しだ
僕は単車の速度を上げた
後ろからまたあの美しい、ごぼごぼとした喘ぎが聴こえてくる
海に着いたら、君を一番高い場所にぶら下げよう
きっとそれは、昇る朝日よりも輝くに違い無かった




