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目覚め

 目を覚ますと、そこには倒れている俺がいた。

 冷たい雨に打たれ、頭の奥がガンガンと痛む。

「ここは……そうか。こういうことなのか」

 重りを詰めたような頭をなんとか持ち上げ、濡れた地面に手をつく。

 深い森の匂い、大粒の雨、不気味に響く鳥の鳴き声、そして泥まみれの自分。

 ――全部、既視感がある。


 俺は女神との会話を思い出し、ようやく理解する。

 タイムリープしたのだ。


 過去の記憶は鮮明に残っている。

 人間とゴブリンの戦争。あの時、ライオットという男に手も足も出ずに倒された。

「人間とゴブリンの装備の差は歴然だった。個々の力以前に、装備のレベルが違いすぎる」

 鉄と木。盾一枚、剣一本の差が、命の重さを分ける。

 たとえ俺が特異体質として強くなったところで、戦争に勝てる保証はない。


「まずは……戦争を先延ばしにしないとな」

 今回の戦いはリーリスが仕掛けた。

 人間側からの侵攻ではない。つまり、こちらから動かなければまだ猶予はある。


「まずはリーリス、か」

 そう呟いた時、雨の中から声が聞こえた。


「あれ、大丈夫ですか?」


 視線を向けると、見覚えのある少女――エリィが立っていた。

 不思議そうに首を傾げ、泥まみれの俺を見つめている。

 この反応。そうだ、彼女にとっては“初対面”なのだ。


「どうも、初めまして」

 俺も初対面を装い、慎重に言葉を選ぶ。

 この世界で動くには、彼女の協力が欠かせない。


 少し賭けになるが、俺は正直に話すことにした。

 自分が転生してきたこと、そして今、タイムリープしていることを。


 エリィは最後まで黙って聞いてくれた。けれど、その瞳には動揺が浮かんでいる。

「何か、証明できる?」


 ――前の時間軸の彼女なら、すぐ信じただろう。

 けれど出会い方が違えば、印象も信頼も違う。

 彼女の警戒は当然だ。


「俺はこの“煙の能力”が使える」

 両腕を広げ、淡い灰色の煙を立ちのぼらせる。

 エリィの瞳がぱっと輝き、子供が魔法を初めて見た時のように見入っていた。


「それから……リーリス。あんたの部族の族長だ。明日、人間と戦争があること。

 あと、リン。お前の家に飾ってある写真のゴブリン――幼馴染だろ?」


 俺は一気に言葉を畳みかけた。

 情報を出し惜しみしてはいけない。信頼を勝ち取るには、確信を与えるしかない。


「リンのこと……どうして知ってるの!?」

 エリィの目が見開かれる。

「同じ村のゴブリンしか知らないのに。他の部族は人間たちに壊されて……」

 言葉が震えた。

「……本当に、タイムリープしたの?」


「そうだ。俺は人間たちから魔物を守るために戻ってきた。

 お前は英雄を待ち望んでいたんだろ? そして今、俺と出会って思ったはずだ。

 “祈りが叶ったのかも”って」


 エリィは小さく息を呑み、次の瞬間、頬を赤らめて笑った。

「……すごい。私の心まで読めるんだね。わかった、信じるよ!」


 その言葉に、張りつめていた胸の奥が少しだけ緩む。


「それで、私は何をすればいいの?」

「沢山ある。まず、明日の戦争を止めたい。いや、せめて先延ばしにしたい。

 明日、お前たちは人類に大敗する」


「えっ……どうして?」


「数の問題じゃない。装備だよ」

 俺は泥の上に落ちていた枝を拾い、鉄剣の形をなぞる。

「お前たちは木の槍。あっちは鉄の剣と弓矢。

 この差は埋まらない。俺が居ても勝てないんだ」


「……嘘、そんなに違うの?」

 彼女はぽかんと口を開けたまま、まるで信じられないという顔をしている。

「何で気づかないんだよ……」

 俺は苦笑し、雨粒をぬぐう。

「とにかく戦争を先延ばしにする必要がある。協力してくれるか?」


「う、うん……多分。とにかく、リーリスに話してみよう」


「それもそうだな」


 リーリス。部族の族長であり、戦の舵を握る者。

 エリィを説得しても、最終的に決断するのは彼女だ。


 俺たちは雨の森を抜け、族長の住まう洞窟の方へと足を向けた。

 足元の泥が音を立てるたび、冷たい風が過去と現在を交錯させる。

 ――二度目のこの世界で、俺はようやく“変えるための一歩”を踏み出した。

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