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ゴブリン少女との出会い

――頭が痛い。


ガンガンする。まるでパチンコ店に十時間いた後みたいに、酷い耳鳴りと眩暈が襲ってくる。

頭の中で大きな鐘が鳴り響くような痛みを堪えながら、俺の意識は少しずつ浮上していった。


「……冷たい」


顔が冷たい。いや、体も髪も何もかもが冷たい。

やがて気づく。これは“寒さ”だ。水の冷たさだ。

耳の奥でバシャバシャと水音が響く。水滴が土を打つ、雨の音――。


(……雨が、降ってるのか)


うつ伏せの体を起こそうと、左手に力を込める。

濡れた土が頬に貼り付き、指の間からぬるりと泥水が流れ落ちた。


「ここは……森?」


霞む視界の中で、木々が揺れるのが見えた。

見渡す限り、真っ暗な森。風に吹かれてざわめく音が、どこか生き物の囁きのように聞こえる。

それに、空からは容赦ない豪雨。世界全体が泣いているような、そんな冷たい雨だった。


俺は震える手で顔を触れる。

そこには、尖った耳と……牙があった。

肌は褐色に変わっている。


「……マジか。俺、本当に転生したのか」


鏡はない。でも理解できる。俺はもう“人間”じゃない。

この感覚、この体――どうやら女神の言った通り、ゴブリンになったらしい。


腹が鳴った。

ぐううぅ、と静寂を破る音が鳴り響く。

雨に打たれながら歩く。だが、体は重く、意識はまだぼやけていた。

気がつけば、膝が地面に沈む。


(……もう、限界か)


視界が暗転しかけたその時――。


「――大丈夫ですか?」


澄んだ声が、雨音を切り裂いた。


顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。

大きな葉っぱを傘代わりに、じっとこちらを見ている。

褐色の肌に、胸と腰を布で包んだ姿。あどけない顔立ち。

だが、その瞳だけは強く、真っ直ぐだった。


「えっと……私は、この近くの集落に住むエリィと申します。

 貴方、見ない顔ですね。違う森から来られた方ですか?」


優しさと警戒が入り混じった声。

その種族的特徴からも、彼女が“ゴブリン”であることが分かった。


「えっと……腹が、減った」


情けない声が漏れた。

今の俺には、空腹のほうが重大だ。


「お腹が空いているんですね。ところで、どこの部族の方ですか?」


「……分からない。俺は……」


そこまで言って、言葉が途切れた。

この世界のことなんて、まだ何も知らない。部族なんて聞かれても答えようがない。


エリィは少し考えたあと、目を見開いた。


「ここら辺には、もう私たちの部族しか残っていません。

 周りは人間たちが森を壊し、領土を奪っていってるんです。

 ――もしかして貴方、私が待ち続けていた“英雄様”ですか!?」


「……は?」


あまりの唐突さに思わず間抜けな声が出た。

だが彼女の目は本気だった。

その瞳は、絶望の中で光を見つけた子供のように、まっすぐ俺を射抜いていた。


「人間たちは、王国を広げるために私たちゴブリンを奴隷にしています。

 多くの仲間が“敵対心”を砕かれて、従わされています。

 だから私は祈ったんです。――私たちを救う“救世主”が来るようにって!

 そしたら、大きな雷が落ちて……貴方が現れたんです!

 これは偶然じゃありません。運命です!」


「いや、えっと……英雄かはわからないけど。俺は、別の世界から来たんだ。それじゃ、ダメか?」


「やっぱり! 異世界から来たなんて、やっぱり英雄様です!」

「名前は? 英雄様のお名前はなんですか!」


俺は少し考えてから、無意識に答えていた。


「……ノアス。俺の名前はノアスだ」


「ノアス……! 私が昔読んだ“ノアの箱舟”の本の主人公と同じ名前です!

 やっぱり、これは運命ですよ!」


(……このテンションの高さ、ほんとに滅亡の危機か?)


内心ツッコミを入れつつも、俺はとにかく空腹を訴えた。


「悪いけど、マジで腹が減った」


ぐうぅぅぅ。


エリィは小さく笑って頷いた。


「分かりました。私たちの村へ案内します。

 あまり豪勢なものは出せませんが……族長に説明しますね。歩けますか?」


「ああ。頼む」


震える足に力を込め、俺はエリィの後を追った。

十数分ほど森を進むと、木々の隙間から小さな集落が見えてきた。

ボロボロの木造の家がいくつも立ち並ぶ――。


「ここが、私たちの村です」


雨の中、エリィは微笑んだ。

その笑顔だけが、冷たい世界の中で唯一の灯りに見えた。

読んでいただきありがとうございます。良ければブックマークと評価お願いします(^^)/

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