スモークキッドの果てに――友へ
人間との戦争を終えてから、一週間後。
俺たちは人類の王国――ラグナロク王国にいた。
俺、リーリス、エリィ、ジパング、ライ、ジョイ、そしてスライム。
戦争の鍵となった仲間たちを連れ、最後の話し合いに臨む。
大きな会議室。
俺たちが並んで座る正面には、包帯に覆われたライオットと、荊の幹部らしき人間たちがいた。
ライオットは車いすに腰を下ろしているが、目の奥の炎はまだ消えていない。
「何か……緊張するね」
「まあ、大丈夫だろう」
隣で小声を漏らすエリィの肩が、わずかに上がっている。
緊張している証拠だ。俺だって、こういう場の空気には弱い。胸の奥が自然と重くなる。
「では、話を始めましょうか」
最初に静寂を破ったのはリーリスだった。
腕を組み、ゆっくりと瞼を上げ、真っ直ぐにライオットを見据える。
「驚いたぜ。頭はそっちのゴブリン――ノアスだと思ってたが」
「俺は途中から介入しただけだ。リーリスこそ、魔物側の事情をよく知っている」
「そうか。なら、続けてくれ」
「まず――戦争の目的は仲間の解放。捕らわれたゴブリン、ドワーフ、スライムを返してもらいたいわ」
「ああ、荊の管理下にある魔物はすべて解放しよう。無事に返すと約束する」
ライオットの声は落ち着いていた。
一週間前の、あの狂気に満ちた戦士の姿はもうない。
頭を冷やした今の彼は、確かに“話せる相手”になっていた。
「それから俺たちの水辺も返してほしいぞ!」
スライムの一体が勢いよく声を上げる。やけに通る声だ。
「スライムか。そういえば、ギルドで一度話をしたな。……あの時に気づけていれば、戦況は変わっていたかもな。だがそれも問題ない。水辺の領土は王国の管轄だが、俺が交渉する。国王に必ず首を縦に振らせよう。安心しろ、敵対心を砕かれた俺はもう、お前たちの敵ではない」
「なら、よかったぁ」
スライムは安堵の息を漏らした。
「俺はお前たちを許さねぇ。オーガの誇りを奪ったんだ」
「ジパング、もう戦争は終わったのよ」
「また荒立てるような真似はやめろ」
「……チッ、わかったよ」
リーリスが宥めても止まらないジパングを、俺が視線で制す。
彼の敵対心も、今は俺の力で抑えられている。
「俺たちも仕事で魔物と戦っていたんだ。領土を広げるために、な。……他に要望はあるか?」
「仲間の解放と、領土の返還。それ以上はないわ」
「は? それだけか?」
「ええ、それだけよ」
ライオットは驚いたように目を瞬かせた。
だがリーリスは微動だにせず、堂々と答える。
「お前たちは勝者だ。もっと要求してもいいはずだろう? これじゃあ、戦争で得たものが何もないじゃないか」
「そうだ、ゴブリンの女! 俺たちは苦しんだ。次は人間を苦しめる番だ!」
ジパングがまた噛みつく。
だがリーリスはわずかに首を振り、静かに言葉を返した。
「私たちの目的は、あくまで仲間の解放。原状回復よ。人間たちに奪われる前の姿に戻すだけ。それで十分。
それに――今回最も活躍したのはノアス。彼が望まないのに私たちが領土を奪うなんて、筋が通らないわ」
「甘ぇな……甘すぎる」
「僕は賛成だ。不満があるなら、また個人で戦えばいいさ」
ライが淡々と口を挟む。
客観的で、どこか俺に似た響きだ。
「……わかった。すぐに領土の返還と仲間の解放を実施する。俺たちの管理下にない者も、できる限り探し出そう」
「感謝するわ」
こうして、話し合いは穏やかに終わった。
リーリスが最後まで信念を貫き通したことに、俺は心の底から感心した。
――そして数日後。
領土の返還は実現した。
オーガやスライムから感謝の手紙が届き、鉱脈を取り戻したドワーフたちも満足げに笑っている。
ライは今も俺と共に暮らし、戦後も鍛錬を怠らない。ありがたいことだ。
「ベル!」
「うそっ……本当だ!」
人間から魔物の解放が進み、ゴブリンの仲間たちが次々と帰ってきた。
村の門をくぐる三十体のゴブリン。その中に、見覚えのある少女がいた。
彼女を見つけた瞬間、エリィとリーリスが駆け寄る。
二人はその少女――ベルを、涙ながらに抱きしめた。
まるで家族を取り戻したかのように、強く、優しく、温かく。
泣きながら笑う三人を見て、俺はふと、微笑んだ。
心の底から、やってよかったと思った。
この戦いには、確かに意味があったんだ。
去ろうとした俺の背に、声が飛ぶ。
「ノアス君!」
「どこ行こうとしてるのよ、こっち来なさい!」
「え、でも……」
戸惑う俺の手を、二人が引いた。
そしてベルの前で、エリィがにっこりと笑う。
「紹介するね。私たちを救ってくれた、大切な友達――ノアス君だよ」
友達。
その言葉が胸に染みた。
俺にもできたんだな。
大切な仲間であり、友と呼べる存在が。
照れ隠しのように鼻の下を指で掻いてから、
俺は三人のもとへ駆け寄った。
戦いの煙はもう晴れた。
新しい風が、ゆっくりと俺たちの世界を包み込んでいた。
「敵対心を砕く」力を持ったゴブリン、ノアス。
仲間を救うための戦いは終わり、戦場に残ったのは“友”という新しい絆だった。
スモークキッド――完。




