終戦、そして新たな朝へ
ライオットがそう呟いた瞬間、奴の心臓から敵対心がむき出しになった。
俺は全力で剣を振り抜き、その敵対心を砕き散らす。
――ここまで来て、ようやく一息つく時が来たんだな、ライオット。
周囲はまだ戦乱の只中だったが、ライオットが敗北したことを悟った人類の動揺の声が、確かに耳に届いた。
その波紋はすぐに広がり、戦況は一気に魔物側へと傾いていく。
風が吹く。
砂煙を巻き上げながら戦場を駆け抜ける風が、俺の髪をわずかに揺らした。
その足元で、コロコロと音を立てて何かが転がる。ライオットの懐から転げ落ちたもののようだった。
「……時計?」
『それじゃ! それじゃ! ノアス!』
『うるっさ!』
静まり返った戦場に響く甲高い声。
あまりの唐突さに、思わず耳を押さえる。
『それが破滅の置時計じゃ。わしが作った古代兵器の一つ。持ち主以外の種族を滅ぼす代物じゃ。液体がもうすぐ満タンになろうとしておるだろう? それが発動の合図じゃ。何とか間に合ったのう。今すぐそれを破壊せい。そうすれば魔物たちは救われ、世界の均衡は保たれる』
『了解。壊せばいいんだな』
俺は全ての元凶である古代兵器に剣を振るった。
バリン――。
ガラスが割れるような音が響き、針は動きを止め、時計は静かに永遠の眠りへと落ちた。
『ナイスじゃ。まさか本当に人間と魔物の争いを止めるとはのう。あっぱれじゃ』
『何をいまさら。焚きつけたのはお前だろ』
『まあ、そうじゃがの。……さて、これからお前はどうするのじゃ?』
『どうするって?』
少しばかり遠回しな女神の問いに、俺は首を傾げた。
『お前たち魔物は、ライオット率いる“荊”によって追い詰められていた。だが今や、敵対心を砕かれたライオットはお前の手の中。オーガのジパング、ヒドラのライ――その力を束ねれば、お前は“王”にすらなれる。……どうする、馬鹿馬』
『なんだ、それだけの話かよ』
『ほう?』
拍子抜けするほどくだらない話に、俺は鼻を鳴らした。
『王なんて興味ない。俺は一度捨てた命を、あんたに救われた。それに応えるように魔物たちを救ったまでさ。これから先のことはわからないけど――権力や力を使って誰かを追い詰めるような真似は、絶対にしない。とりあえずは、助けてくれた仲間たちの平和を守る。それを目標に生きていくよ』
『……やはりお前を選んでよかった』
女神は満足げに目を細め、微笑んだ。
そして次の瞬間には、もう気配すら消えていた。
戦場に戻ると、あたりは静寂に包まれていた。
多くの視線を感じる。困惑、動揺、躊躇い――それらが混じり合った眼差しが、俺へと注がれていた。
「お前たち! ライオットは俺が倒した! これで終戦だ! いますぐ戦いをやめろッ!」
腹の底から叫ぶ。
この瞬間しかない。勝利の象徴が倒れた今しか、戦争を止められない。
人間たちは互いに視線を交わし、次々に武器を捨てていく。
がしゃり、がしゃりと鉄の音が響き、やがて全員が膝をついた。
ゴブリンも、オーガも、ヒドラも、攻撃の手を止める。
怒号も悲鳴も消え、静寂が戦争終結の合図となった。
「これにて戦争は終了だ! 俺たち魔物の勝ちだ!」
もう一度叫んだその時――
背後から勢いよく抱きつかれた。
「うわっ!」
振り向くまでもなく、その声で誰かがわかる。
「エリィ!」
『本当に、本当に、本当に! 人間たちに勝てたんだね! ライオットに勝ったんだ!』
「ああ、言っただろ。負けないって。ケガはないか?」
「少しはあるけど大丈夫! 平気だよ!」
エリィは子供のように笑った。
心の底からの笑顔だった。
「お前たちも無事で何よりだ」
遅れてリーリス、そしてジパングとライが現れた。
リーリスは多少の傷を負っていたが、深刻ではない。
ジパングとライに至っては、ほぼ無傷だった。流石の実力者たちだ。
俺たちは一か所に集まり、互いの無事を確かめ合う。
人間との戦争に――勝利した。
この世界に来て、まだ数日。
だが、無数のタイムリープを越えてきたからか、胸の奥からじわじわと達成感が溢れてくる。
仲間たちはきっと、それ以上の思いを抱いているだろう。
長く続いた絶望と恐怖から、ようやく解き放たれたのだから。
太陽の光が背中を射す。
いつもよりも温かく、やさしい日差しだった。
苦しみも、涙も、積み重ねた痛みも、すべてが洗い流されていくように――
俺はただ、心の底から嬉しかった。




