煙を纏う異色のゴブリン ――決戦、英雄ライオット
俺は手に出現させた仮面を静かに装着した。
来る――。
まるでイノシシのように突進してきたライオットの身体から、鮮血が弾け飛ぶ。
世界が一瞬、赤く染まった。
「――!?」
倒れ込んだライオットは、何が起きたのか理解できず、赤子のような目を見開いている。
「っく、何をした、貴様!」
砂を掴み、俺に叩きつける。無様だ。
奴の右足は切断され、俺の足元に転がっていた。
「なんだ、その恰好はッ!」
血を流しながら指を突き立てるライオット。
ヒドラの仮面で目元を覆った俺は、奴にはさぞ不気味に見えているだろう。
「言ったはずだ。――敵に、自分の能力を話すなと」
「なに……?」
「お前は俺を理解したつもりでいた。いや、ゴブリンだからと見下していた。その油断が、この現実を呼んだ。勝負ありだ、ライオット」
「舐めるなよ……舐めるなよ、ゴブリン風情がッ!」
奥歯を噛みしめ、ライオットは立ち上がる。
大剣を杖代わりにしてもなお、奴の眼光には鬼気が宿っていた。
咆哮。まるで恐竜が吠えるような怒号を上げ、片足で俺に突っ込んでくる。
愚かだ。――俺の周囲には、煙に紛れて無数の糸が張り巡らされている。
かつてライと戦ったとき、俺が苦戦したあの状況を、今度は俺が作り出した。
焦りきった奴は、もう冷静さを欠いている。視界も狭まり、罠など見えていない。
数秒後には糸に切り刻まれ、勝負は終わる――はずだった。
「アアアアアアアアアアアッ!」
「なっ……!?」
予想外の光景だった。
ライオットは片足でバランスを崩しながらも、突っ込んできた。
そして――煙の中を薙ぎ払いながら、鋼のように硬い糸を次々と断ち切っていく。
俺には、できなかった芸当だ。
冷静さを失ってもなお、戦士としての本能が研ぎ澄まされている。
俺の話術で油断を誘えたからこそ勝機を掴めたが、そうでなければ――俺がやられていた。
蜘蛛の巣のように張り巡らせた糸は、ほとんど斬り裂かれてしまった。
「終わりだぁッ!」
ライオットが大剣を振り上げる。
俺も剣を構え、迎え撃つ。
軸足を失った分、威力は落ちている――そう読んでいた。
だが、剣がぶつかった瞬間、腕に重い衝撃が走る。
しまった。想像以上の力だ。
どこにそんな力が残っていやがる。
冷静さを欠き、片足を失い、痛みに焼かれているはずなのに――奴はまるで鬼神のようだ。
迫る影。巨大な山のような威圧感。
俺は一瞬、怖気づきかけた。
だが、油断はしない。
――一度の油断が、すべてを奪う。
ライも、ジパングも、ミノタウロスも。俺の想像を超えた敵ばかりだった。
だからこそ、恐怖しても怯まず、構える。
だが剣を払われ、わずかな隙が生まれた。
ライオットの刃が閃き、俺の体を斬り裂いた。
致命傷。
奴は一回転して距離を取り、荒い息を吐いた。
「……俺の勝ちだ」
そう言い残し、背を向けて歩き出す。
――俺は、笑った。
完全な油断。その瞬間を待っていた。
切断された右手を動かし、俺は奴の腹を貫く。
「は……?」
ライオットが鮮血を吐き、振り返る。
俺は――生きていた。斬撃の痕すらない。
奴の視線が自分の大剣へ向かう。
そこには確かに、俺の血がこびりついている。
なのに、俺は何事もなかったかのように立っていた。
「オーガの仮面。初めて使ったが、こりゃあ便利だ」
「お、まえ……」
「敵対心が完全に露わになるまで、油断しちゃダメだぜ、ライオット」
俺は剣を抜く。
ぐちゃ、と嫌な音。
抜かれた瞬間、ワインの栓を外したように血が噴き出した。
戦意を失い、虚ろな目を浮かべるライオットに、俺は最後の一撃を与えた。
バタリ――。
血煙の中に崩れ落ちたライオットは、微かに呟く。
「俺の……負けだ……」




