戦場に降る岩石(ライオット)
「おいおい、どういう事だ……」
俺は人間軍の後方で、魔物の軍勢を眺めていた。
所詮ゴブリンの群れだと思っていたが、どうやら違う。
確かに数の大半はゴブリンだ。だが――装備が違う。
いつもは木を削ったような貧相な武器しか持たないはずの連中が、今は鉄の鎧と刃を身につけていた。
「ライオット! 後ろを見てくれ! あれ、オーガじゃないか!」
部下の声に双眼鏡を向ける。
巨体がいくつも、ゴブリンの背後を進んでいた。
「オーガだと……? ゴブリンと協力してるのか」
信じられない。
魔物同士の協力なんてほぼ前例がない。
まして、世界最弱のゴブリンに暴君のオーガが従うなんてあり得ない。
だが、現実はそうなっていた。
オーガが、整然とゴブリンの軍勢に従い、進軍している。
三日間で一体、何が起きた――。
「お前たち、気を引き締めろ。これはただの掃討戦じゃない」
俺は司令塔だ。戦況を見極め、必要なら自ら出る。それが俺の役目だ。
その時だった。
ドドドドドド――!
地面が震えるほどの地鳴り。
魔物の列の後方から、何か巨大なものが押し出されてきた。
「止まれ! お前たち、前に出るな!」
叫んだが間に合わなかった。
布をかぶせられた巨大な物体――その覆いが外される。
投石機だ。
ゴブリンの後ろで、ドワーフたちが岩を転がして積み上げている。
ゴブリンの女が腕を振り下ろした瞬間、空が暗くなった。
岩石が、雨のように降ってくる。
「うわああっ!」「退けっ!」
叫びと悲鳴が重なった。
岩が地面をえぐり、仲間を吹き飛ばす。
敵対心が砕けた者はその場で倒れ、もう動けない。
まるで心ごと地に縫いつけられたみたいだ。
開幕から戦況は一気に傾いた。
だが、ここからだ。
装備がどうあれ、ゴブリンは弱い。
オーガは厄介だが、俺たち“荊”が対応すれば問題ない。
前線が衝突した。金属のぶつかる音。土煙。血の臭い。
――だが、様子がおかしい。
双眼鏡越しに見える。
ゴブリンが、互角に渡り合っている。
「嘘だろ……? 一対一で粘ってるだと?」
ゴブリンが人間兵を押し返していた。
ありえない。以前なら一撃で倒せた相手だ。
焦る俺をよそに、オーガが突撃してくる。
振り下ろされた棍棒の一撃で、味方が数人まとめて吹き飛ぶ。
「クソッ、なにしてやがる! お前たちも前に出ろ!」
俺は部下を前線に送り出した。
奴らは精鋭だ。彼らの介入で、ようやく拮抗が崩れはじめた。
投石機も遠距離部隊が破壊に成功。戦況は少しずつ押し返せる――そう思った瞬間だった。
「まったく、攻略されちゃ意味ないじゃないか。だからオーガは嫌いなんだよ」
小さな声が聞こえた。
視界の先に、小柄な少年がいた。
魔物側から、人間陣営へと歩み出てくる。
次の瞬間、接近した兵士たちの武器が切断され、血が舞った。
空間に糸のような光が走る。
「……ヒドラ、だと?」
視界に捉えた。見間違いじゃない。
奴は“糸”を操る化け物。見えない刃を張り巡らせ、触れたものすべてを断ち切る。
オーガよりも厄介な存在だ。
部下では対処できない。被害が広がる。
ここは、俺が出るしかない。
俺は双眼鏡を放り捨て、背中の大剣を握りしめる。
血の匂いが濃くなってきた。熱い風が顔を焼く。
前線へ向かおうとしたその時――
ドカーン!
背後で爆発が起きた。
「なにっ!」
振り返ると、味方の兵が地に伏している。
その前に立っていたのは、かつてギルドで見かけた“小柄な連中”と“大男たち”だった。
「おい……何してやがる!」
彼らは味方を攻撃していた。
信じられない。人間同士の内戦など――いや、違う。
大男が剣を振るうと、吹き飛ばされた兵士の皮膚が溶けていく。
――そして現れたのは、オーガの姿だった。
「オーガ……だと!?」
さらに、小柄な連中もドロドロと形を崩し、スライムに変わる。
オーガの背に乗り、暴れ狂う。
後方が完全に崩壊した。
遠距離部隊が壊滅すれば、魔物の侵攻は止まらない。
今、俺が戻れば被害を減らせる。だがその間に前線が――。
「どうする、どうする……!」
爪を噛みながら思考を巡らせる。
前線と後方、どちらを取るべきか。
答えを出そうとしたその瞬間――
「どこへ行くんだ。お前の相手は俺だ」
冷たい声。背筋が粟立つ。
振り向くと、一人のゴブリンが立っていた。
ただのゴブリンじゃない。
その視線、その立ち姿。
剣士としての“格”が違う。
「俺はノアス。世界を救う英雄さ」
軽装。だが、全身に研ぎ澄まされた気配。
こいつを倒さなければ、どこにも進めない――そう理解した。
「俺はライオット。お前たちを蹂躙する戦士さ」
大剣を構え、地を蹴った。
戦場の轟音が、再び鳴り響く。




