明日を喰らう者たち
ノアス
準備は出来た。
ドワーフから届いた鉄の装備は完璧な一品であった。
ライは戦争を前にしても緊張する様子はなく、欠伸を浮かべて瞑想していた。
ジパングたちオーガとも合流をする。彼らの態度はあまり宜しい物ではないけれど、それでもミノタウロスの一件を俺が解決したことで恩は感じている様子だった。
「あっぱれだ、ノアス」
ゴブリンの部族へ到着したジパングは、改めて俺に笑いかけた。
この世界線でも俺はジパングを倒した。結局、ミノタウロスを討伐してエルフの協力を得たけれど、ジパングが「協力は承諾するが、お前の強さを確かめたい」などと言い出したから、また戦う羽目になり――彼の敵対心を砕いたのだ。
「ちゃんと約束通り来てくれたんだな」
「当たり前だ。俺たちは真摯な種族だからな。ガハハハッ。しかし、もう一つの部隊は上手くやっているのか? 俺はそっちの方が心配だが」
もう一つの部隊。スライムたちを率いて別行動をしている部隊のことだ。
恐らくこの戦争において、最も重要な役割を担っている。ジパングの仲間の何人かも参加しており、彼はそちらを気にしているようだった。
「大丈夫さ。問題ない」
連絡を取る手段はない。だから無事かどうか分からない。
だがここでジパングを不安にさせるのは得策じゃない。俺は自信ありげに微笑んで、彼を安心させるように答えた。
「ならいいが。しかしお前たちは、きちんと教育者が居れば最弱の種族から脱する事も難しくは無いのではないか」
俺を除いたゴブリンは、ジパングたちと合流してから約二日間、鍛えてもらっている。
最弱と呼ばれる種族でも“適応力”の特性が働けば、驚くほどの速度で成長していく。
とはいえ、たった二日。付け焼き刃なのは仕方ない。
「ノアス君!」
「どうした」
「皆、良い感じだね。これから皆でご飯にしようと思うんだ。質素な物だけど、オーガやスライム、ドワーフを混ぜてさ、親睦会っていうか……こういうの、大事じゃん?」
エリィは木の実の載った皿を持ちながら、子供のような笑みを浮かべた。
「そうだな」
俺も頷く。
魔物たちは“人間”という共通の敵を持ちながらも、手を取り合うことはなかった。
けれど今は違う。種を超えて並び立つ彼らの姿に、胸が熱くなる。
村の中央に皆が集まり、円を描くように座る。
あえて種族ごとに固まらず、ランダムに座ることで、自然と会話が生まれる。
小さな違和感が少しずつ溶けていく。
リーリスが中央に立ち、飲み物を掲げて声を上げた。
「私たちはずっと人間たちに苦しめられてきた。仲間を奪われ、騙され、飢え、住処を追われた。……けれど今は違う。私たちは手を取り合えた。そして明日、私たちは勝利する! 仲間も領土も何もかも、全て取り戻す!」
リーリスの声は震えながらも、力強かった。
「それから――この場を作ってくれたノアス。あなたには感謝しているわ。正直、不気味だったけれど……あなたが動いたから、今日がある。さあ、前に来なさい。締めはあなたでしょ?」
リーリスに指名されて、俺は少し照れながら前へ出る。
ゴブリン、ドワーフ、ライ、スライム、オーガ――。
そしてエリィやリーリス。
俺は皆を見渡し、深く息を吸った。
「今日は集まってくれてありがとう。俺はこの世界を何も知らなかった。ただ一つだけ分かっていたのは、俺たち魔物がピンチだったってことだ。
人間たちの横暴で、多くの魔物が絶望していた。……俺は、それが許せなかった」
言葉が自然と溢れた。
「特別なつもりはない。でも、俺には他のゴブリンにはない力がある。それを使って、皆を救いたいと思った。支えてくれたリーリス、エリィ、本当にありがとう。
明日の戦争で、また多くの仲間が倒れるかもしれない。けど――絶対に負けない。
俺がライオットを討つ。
俺たちはもう“非捕食者”じゃない。
今度は、俺たちが“捕食者”になる番だ!」
緊張で声が少し上ずった。けれど、拍手がそれを包み込んだ。
笑い声と歓声、涙、そして――希望。
俺とエリィの言葉で、宴は幕を開けた。
炎の明かりがゆらめき、夜は穏やかに更けていく。
そして夜明けと共に、俺たちは――戦いの地へ向かう。




