ライオット ― 人類側の牙 ―
ラグナロク王国・一般層。
この国には、一つの巨大なギルドがある。
ギルドとは、王国近辺に巣食う魔物を討伐して生計を立てる冒険者たちの集会所のような場所だ。
昼でも夜でも人が絶えず、入れば酒の匂いが鼻を突き、下品な笑い声が響き渡る。
俺の名はライオット。
ギルドでも屈指の巨大チーム――『荊』のマスターだ。
これは過信でも傲慢でもない。俺たちは確かに王国で五本の指に入る実力者たちだ。
数多の魔物を倒し、奴隷として国に連れ帰ってきた。
「おい、ベル。水を持ってこい」
「承知しました」
首輪をつけたゴブリンがぺこぺこと頭を下げ、水を運んでくる。
こいつは以前の戦いで得た奴隷だ。
ゴブリンは最弱の種族。だがそこそこ頭が回るから、こうして雑用にはちょうどいい。
俺たち『荊』はスライムも多く飼っている。
スライムは水を浄化する性質がある。エルフほどではないが、用途は広い。
それを利用して俺たちは酒の仕込みにも使っている――効率的だろ?
「そういえばお前ら。延期になったゴブリンとの戦争、いつだったっけ?」
「明日だ」
二日前に開戦予定だったが、ゴブリン側がリスケしてきやがった。
戦争前にお互い予定を合わせて開戦する決まりだが、延期は一度きり。
次こそ奴らを根絶やしにしてやる。
「そういえば、以前拾った置時計。用途は分かったか?」
部下が言うのは、深いダンジョンで手に入れた宝の一つだ。
時計の針の根元に砂時計のような器があり、そこに液体が少しずつ溜まっていく。
満ちた時、何かが起こるのかもしれない――そんな疑問を抱きながら、一応宝物庫で保管しているが、正直扱いに困っている。
俺は欠伸をしながら酒をあおった。
今日のギルドはやけに混んでいる。
木のテーブルも椅子もすべて埋まり、樽のジョッキを掲げて笑う声がそこかしこで響く。
俺たち人類に敗北はない。
俺たちの存在が他の連中の士気を上げている。
戦争前日だというのに、この緩みきった空気も――まあ、悪くない。
「おい、あいつら見ろ。見ない顔だな」
部下のひそひそ声に、俺も視線を向ける。
ギルドの隅の席に十人ほどの集団。静かに飲み物を口にしている。
皿の上には肉ではなくサラダや木の実。珍しいチョイスだ。
背の低い者が六人、オーガのような巨体が四人。
『荊』は古株だ。ほとんどの冒険者の顔は覚えている。
だが、あんなにも特徴的な体格の連中、見たことがない。
それに、あの視線――怯えているのか、警戒しているのか。
「ん?」
俺が睨むと、大男と目が合った。
怯えも憧れもない。ただ、獲物を狙うような眼差し。
まるでオオカミだ。
「珍しい連中だな」
俺たちは人類の中でも英雄扱いだ。
そんな俺たちを真正面から睨む奴なんて、久しぶりだ。
酒の勢いも手伝って、俺は立ち上がる。
「おい、ライオット、やめとけって!」
部下の制止を無視し、大男の前に立つ。
「お前、見ない顔だな。どこの所属だ」
俺は見下ろすように睨みつける。
ガタイでは負けるが、実力では絶対に負けない。
俺はゴブリンもオーガも何体も屠ってきた。
だが大男は黙ったままだ。
「おい、聞いてんのか!」
テーブルを蹴り飛ばす。木の実と酒が床にぶちまけられた。
その瞬間、大男が立ち上がる。
巨体が俺を見下ろす。空気が張り詰める。
――あと一押しでやり合える。
そう思った時、間に割って入ったのは、小柄な連中だった。
「ちょっと、すみません。自分たち、ここを立ち去ります。申し訳ありません」
穏やかな声。
ちっこいのに、妙に落ち着いた口調だ。
喉に響くような低い声で、妙に耳に残る。
「……お前、いい声してんな」
思わず笑ってしまう。場の緊張がわずかに緩んだ。
どうやら彼らは大男のブレーキ役らしい。
「行きましょう、ね?」
「覚えておけよ。ライオット」
不敵に笑い、大男は俺を一瞥してギルドを後にする。
ちっこい連中も一礼して後を追った。
「お前ら、戦争には出るんだろう? どこの所属だ」
「無所属です。先日入国したばかりで……魔物討伐の為に。失礼します」
彼らは丁寧に頭を下げ、店を出ていった。
そして、最後に一人――大男が振り返る。
「楽しみにしていろよ。人類――」
不敵な笑み。
それだけ残して、奴らは闇に消えた。
「気味の悪い奴らだな」
俺は呟き、空になったジョッキを見つめる。
せっかく気持ちよく酔っていたのに、すっかり冷めちまった。
もう一杯、飲み直すか。




