再会と誓い
『見事じゃな』
『また、やり直しか』
白い空間。見慣れた景色に、目の前から響く声。言うまでもなく――女神だ。
彼女は少し誇らしげに顎を上げ、俺を見下ろす。
『私の言った通り、やり遂げたな』
『……今回は感謝するよ。そうか、倒せたのか』
記憶は曖昧だ。アドレナリンで脳が焼けて、戦闘の記憶は断片的にしか残っていない。
勝ったという実感もない。
『もう準備は出来ただろう? 馬鹿馬よ』
『……今日だけはイライラしないわ。そうだな、後は全力でぶつかるだけか。そういえばミノタウロスの仮面は手に入ったのか?』
敵意を砕いた覚えはない。つまり、仮面はまだ手にしていないということだろう。
『仮面は出ない。最初に言っただろう。種族の“ボス”を倒した際にのみ現れると。お前が倒したミノタウロスは、まだその格には至っていなかったのだ』
『なるほど。それと、前にも聞いたけど――なんで俺にそこまで拘るんだ。俺なんかより適任はいくらでもいるだろ』
『お前は他者を気に掛ける優しさがあり、干渉する行動力がある。私が求めていた人材だ。結果としてお前はゴブリン以外の種族に干渉し、協力を促した。私の狙い通りだ。仮面さえ集めれば、毎回ドワーフやオーガに関わらず人間を倒すこともできたはずなのにな。お前は懲りずに、関わった全ての種族を救おうとした。だからこそ、お前を選んだ』
女神は微笑むと、煙のように気配を散らした。
視界がぼやけ、強い眠気が押し寄せる。
「あのー、えっと……大丈夫ですか?」
「うぅ……」
頭痛が意識を僅かに覚醒させる。ぼやけた視界の中、優しい声が聞こえた。
その声音は温かく、どこか懐かしい。
「エリィ……?」
「えっと、誰だっけ?」
「エリィ!」
彼女の顔を見た瞬間、俺は反射的に抱きしめていた。
「え、えっと!?」
エリィは困惑している。それでも、俺の腕を振りほどかなかった。
「俺、逃げてごめん。お前たちを見捨ててごめん。けど、俺……もう負けない。もう逃げない。だから――!」
言葉が涙に詰まる。嗚咽で声が出ない。
それでもエリィは、子供をあやすように俺の頭を撫でてくれた。
少し落ち着いてから、俺はタイムリープのことを話した。
そしていつもの流れ――リーリスとエリィをオーガのもとへ送り、俺はドワーフの村でライを仲間にする。
再び、丘の上でエリィと合流した。
「ミノタウロス、すごく強いらしいよ……」
仁王立ちする巨体を前に、エリィは少し萎縮していた。
俺は彼女の手を握り、まっすぐ見つめる。
「もう負けない」
「私にとって、この世界で生きるのは初めてだけど……君は違うんだよね。今まで頑張ってくれてありがとう、ノアス君」
エリィは向日葵のように笑う。
その笑顔に背を押されながら、俺は口を開いた。
「前の世界で、俺は虐められてた。友達を守ろうとして、逆に標的になった。孤立して、助けようとした奴まで敵になった。誰も、信じてくれなかった。親でさえも。
……でも、この世界に来て報われたんだ。俺を英雄って呼ぶ奴がいて、信じてくれる仲間がいて。だから、幸せだ。これが俺だ。弱くて、逃げてきた俺なんだ」
エリィは静かに俺を抱き寄せた。
「ノアス君は弱くもないし、逃げてもないよ。私の前に現れてくれて、ありがとう」
その言葉が胸に沁みた。
俺は涙をこらえ、彼女の瞳を見る。
「俺はもうタイムリープをしない。この世界線が大事だから。……ついてきてくれるか?」
「もちろん! 私たちは人間に勝とう!」
頷くと、ミノタウロスへと向かう。
恐怖はある。だが、もう奴の弱点を知っている。
最初で最後の一撃。戦闘は五分もかからなかった。
倒した瞬間、エリィが嬉しそうに抱きついてくる。
「これで全部そろったね!」
ドワーフの装備、ライの加入、オーガとの連携。
そしてミノタウロス討伐。
すべての駒が、整った。
「さあ行こう、エリィ。みんなが待ってる」
「うん! これから忙しくなるね!」
俺たちは勝利の丘を降りていく。
新たな戦いへ――歩み出すために。




