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泥の正体、鉄の心臓

エリィたちは留守のようだ。もしかしたらもう戦場に向かっているのかもしれない。

 家の近くではスライムが眠りに就いていたため、俺は叩き起こしてドワーフの村へと向かった。


「おいおい、装備は提供したぞ。何か不備でもあったか?」


 村に辿り着くなり、俺はジョイのもとへ駆けた。

 ジョイは俺の登場に困惑しているようだった。彼の家の後ろには、山のように鉄が転がっている。

 ライが居なくなったことで、ドワーフは本来の役目を果たせているのだろう。表情はどこか明るかった。


「ミノタウロス! ミノタウロスについて教えてくれ!」


 俺はジョイの服にしがみつき、ほとんど叫ぶように訴えた。

 蜘蛛の糸に縋るような気持ちで、声が震えているのが自分でも分かる。


「ミノタウロス?」


「エルフの住処で奴が陣取って困ってる。強くて、手も足も出ない。体には金属の装飾品をつけていた。もしかしたら、あんた達が作ったんじゃないかと思って来たんだけど、どうなんだ!」


「どの個体かは分からんが……確かに、俺たちはミノタウロスへ装飾品を提供したことがある」


「本当か!」

 思わず身を乗り出す俺に、ジョイは「離れろ」と言いながら苦笑する。


「お前たちが鉄を求めるように、俺たちは装備を求める種族に品を提供する。その代わりに鉱石を貰ったり、拠点を守ってもらったりするのさ。今はもう金属がほとんど取れなくなったが、確かにミノタウロスには作った。奴らは己のルールで生きていてな。装飾品の質や派手さでメスにアピールするんだ」


「他に知っていることは?」


「そうだな……奴らが装飾品に拘る理由、知ってるか? メスへのアピールもそうだが、それ以上に――攻撃を避けるためでもある」


「どういうことだ?」


「お前が戦ってる時、胸や頭を狙ったろ? 誰も金属部分なんて攻撃しない。ダメージが通らないと思うからな。だが――それが罠だ」


「じゃあ……金属が弱点ってことか?」


「違う。本当の弱点は、あの装飾の“下”にある。いいか、ミノタウロスの巨体は本体じゃない。奴らの本体は、手のひらほどの泥のような生物だ。あの体は、身を守るために作った器にすぎん」


「……本体が泥?」


「ああ。寄生虫みたいなもんだ。中身が本体で、巨体はただの殻だ。装飾の下に潜み、そこから体を操ってる」


「そんな話、エリィもライも知らなかったぞ。どうして知ってる?」


「装備を作る時に寸法を測るからな。奴らは言葉を話せん。身振りで伝えてもらうのさ。まあ本来、客の情報をベラベラ話すのはご法度だが――お前たちは命の恩人だ。困ってるなら助けてやるのが仁義ってもんだ」


 ジョイは豪快に笑いながら、鉄粉まみれの手で俺の肩を叩いた。

 少しだけど、勝機が見えた気がした。


「つまり、金属の装飾品の下に本体が隠れてるってことか」


「そういうこった。奴らは泥の塊で、衝撃に弱い。金属部分を叩き壊せば、本体が崩れる」


「……ありがとう、ジョイ!」


 希望の光が足元を照らした。闇に包まれたトンネルの先に、確かな出口が見えた気がした。

 俺はジョイに深く頭を下げ、スライムタクシーに乗り込む。


 ――トラウマの場所へ。


 あの場所に近づくと、息が苦しくなる。動悸が激しく、吐き気が込み上げる。

 それでも、拳を握って前へ進む。ミノタウロスの弱点を見つけなければ。


 例によって奴のルールが発動した。

 装飾品は両手首と右足の三箇所。三分の一を壊せば、勝機はある。


 俺は剣を構え、右腕の金属を狙った。

 カーン! 甲高い音とともに、破片が飛び散る。

 ミノタウロスは一歩退き、俺を観察するように睨みつけた。


 斧が振り下ろされ、俺の足が切断される。

 悲鳴。痛み。意識が白く飛びそうになる。

 それでも、這うようにして右足の装飾を破壊した。


 二度の破壊に、奴は確信したようだった。

 俺が弱点を知っていると。


 チェーンソーを取り出す音が響く。ブーン、ブーン――地獄のような音だ。

 振りかぶられた刃が俺の右肩から腹へと走り抜けた。


「あああああああああああああ!」


 全身の神経が悲鳴を上げる。

 それでも、俺は倒れなかった。

 血が滝のように流れ出す。意識が霞む。それでも、まだ立っている。


「俺は……しな……ないっ!」


 歩くたびに傷口が開く。足元に血が広がる。

 だが、ミノタウロスの目に“恐怖”が宿った。


「これで……おわりだ!」


 剣を振り下ろす。

 金属が砕け、泥の塊が二つに割れた。

 ミノタウロスの叫びが洞窟に反響し、巨体が崩れ落ちる。


「エリィ――倒した、ぞ」


 血に染まる視界の中で、確かに見た。敵の消滅。

 安心と痛みが同時に押し寄せ、俺は膝をついた。

 最後に思い浮かんだのは、彼女の笑顔だった。


 ――意識が、遠のいていった。

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