「女神の叱咤 ― 折れた心に灯る火
『ずいぶんと心が折れたものだな』
夢の中――いや、女神の世界で、聞き覚えのある声が響いた。
いつもなら「面倒な奴が来た」と思うところだが、今の俺にはそんな余裕もない。
『笑いに来たのか』
自嘲するように鼻を鳴らし、問いかける。
女神は一瞬、意地悪そうに笑みを浮かべたが、すぐに真顔になった。
その目には、怒りの色が宿っていた。
『情けないな。残酷な殺され方をしたからなんだ? お前は何度もタイムリープをして立ち上がり、人間を打倒するはずだっただろう』
『……女神。俺には、もう無理だ。無理なんだ』
拳を握りしめ、膝をつく。
またしても、弱音がポロポロとこぼれ落ちた。
『みっともない男じゃ。お前はまた逃げるのか?』
『……っ!』
『お前は弱者を救おうと行動を起こした。だが誰も聞く耳を持たず、標的とされ、自殺した。
本来、人間とは自分勝手な生き物じゃ。だが、お前は違った。
それを見込んで、この世界へ召喚した。魔物という弱者を救う存在としてな』
女神の声音は厳しくも、どこか哀しげだった。
『お前が起こした行動は、押しつけではなく、お前自身の意志だ。
この世界は、お前がいた世界ほど非道ではない。エリィ、リーリス、ライ――彼らを見れば分かるだろう?』
『ああ……分かる。けど、けど!』
『お前が折れれば、エリィたちは消滅する。
人間たちの猛威は増し、さらに多くの弱者が滅ぶ。
だが、その理不尽を止められるのは一人だけ。
――お前だ、ノアス。立ち上がれ』
女神らしくない、熱のこもった言葉だった。
いつも俺をからかう彼女が、今はまるで教師のように俺を叱っている。
その真剣さが、胸に突き刺さった。
『俺が人間たちを倒せると、本気で思っているのか』
『思っておる。お前と、私が授けた能力があればな。
お前は自分を悲観しすぎだ。知らぬ世界で多くを成し遂げたじゃないか。
ドワーフを救い、ヒドラを倒し、オーガを説得し、エルフの願いに応えようとした。
ただミノタウロスという壁にぶつかっただけじゃ。
お前が言っていた通り、不死身なわけがない。――既にヒントは、お前の中にある』
真剣な声。
俺は言葉を返せなかった。
気づけば、女神の気配はもう消えていた。
『待ってくれ!』
叫んだが、もう彼女はいなかった。
言いたいことだけ言って去っていく――それが、いつもの女神らしい。
目を覚ますと、ベッドの上だった。
一体どのくらい眠っていたのだろう。
頭が痛く、二日酔いのような感覚だけが残っている。
女神の言葉を思い出す。
――ミノタウロスは不死身ではない。
――ヒントを持っている。
考えるだけで吐き気がする。
だが、俺の思考は勝手に走り出していた。
俺に何が出来る?
そう卑屈になる自分と、エリィや女神の期待が心の中でぶつかり合う。
今まで誰も俺の背中を押してくれなかった。
だが今は違う。あいつらが、俺の背を叩いてくれている気がした。
「ミノタウロス……」
強靭な肉体。無尽蔵の生命力。そして“不死身ではない”体。
考えれば考えるほど、答えは遠のく。
牛。角。仁王立ち。金属の装飾品――。
そういえば、ミノタウロスは妙な金属を身につけていた。
防具にしては不自然な、鉱石のような装飾品。
あれはいったい何のために?
――装飾品。鉱石。金属。
「……ドワーフか」
ライも言っていた。ミノタウロスがドワーフの村へ現れた、と。
もしあの装飾がドワーフ製なら、何かを知っているはずだ。
心臓が早鐘を打つ。
俺の中で、再び火が灯るのを感じた。
「もう一度だけ……やってみるか」
俺は立ち上がる。
諦めたはずの心が、再び動き出していた。
そして、夜明け前の空の下へ歩き出した。




