七度目の敗北 ― 雨に溶けた誓い
目を覚ますと、大雨が降っていた。
雨に打たれながら、俺は動くことが出来なかった。
大粒の雨に混ざって、涙が頬を伝う。無気力と脱力感が押し寄せ、ただ地に沈む。
「俺は……また負けたのか」
ミノタウロスの姿が脳裏に浮かぶ。恐怖が全身を締めつけ、震えが止まらなかった。
駄目だ。勝てない。奴には勝てない――それでも動かなくちゃいけない。
頭では分かっているのに、体が動かない。
「大丈夫ですか」
声の主はエリィだった。
彼女の姿を見た瞬間、冷え切ったエンジンに、かすかな熱が戻ってくるのを感じた。
俺はどうにか立ち上がり、絶望を押し殺しながらエリィと会話を交わす。
――そして、再び挑む。ミノタウロスに。
角も、金玉も、首も、胴体も、心臓でさえも弱点ではなかった。
俺はありとあらゆる武器を手に、何度も攻撃を繰り返す。
だが、気づけば激痛の海に呑まれ、敗北していた。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も――
俺は挑み続け、そして、すべて敗北した。
体を切断され、潰され、千切られ、我を失うほどの痛みを味わいながら、俺はタイムリープしていった。
七回の敗北を喫したころには、もう涙すら出なかった。
人間との戦争なんて、もうどうでもよかった。
この終わりなき戦いの先に、一体何があるのだろう。
俺はあと何度、激痛に襲われなければならないのだろうか。
「エリィ……俺は、もう戦いたくない」
「え……?」
ミノタウロスを前に、俺はついに弱音を吐いた。
タイムリープを繰り返すたび、心の器にひびが入っていく。
そして今、その器は完全に砕け散った。
「もう、勝てない。俺はあいつに勝てないんだよっ!
何度も、何度も挑んだ。けれど勝てない。もう嫌だ。もう俺は……無理だ!」
膝をつき、地面を叩く。
瞳から零れた涙が、泥に混じって滲んでいく。
「ノアス君……」
無理だ。もう何もしたくない。
魔物を救うために奮闘する気力も、もう残っていなかった。
俺の中で燃えていた炎は、ミノタウロスとの戦いの中で次第に弱まり、ついに消えた。
言葉にならない声を吐き出していると、エリィが俺の肩に手を置いた。
「帰ろう、ノアス君」
「え?」
「私は君と出会ってから、全部が初めてのことばかりだった。でも君は違うんでしょう?
最初から、君の顔も声も、とても暗かった。……きっと、何度も私たちのために戦ってくれたんだね。無理させてごめん」
エリィはそっと俺の頭を抱き寄せた。
「私たちで何とかする。だから、ゆっくり休んで」
「けど……それじゃ――」
「大丈夫だよ。ドワーフの装備もある。ライだっている。
ノアス君は十分頑張ってくれた。だから、もう休んで。ね?」
「エリィ……俺は、俺は――!」
俺は彼女を強く抱きしめた。
涙が止まらなかった。
涙が枯れるまで、何分泣き続けただろうか。
やがて、俺たちはミノタウロスと戦うことをやめ、引き返すことにした。
エリィは一人でオーガの里へ、俺はゴブリンの拠点へ戻った。
彼女の部屋で横になり、何も考えられず、何も考えたくなかった。
やがて、エリィがライとリーリスを連れて帰ってきた。
オーガたちの協力は得られなかったが、ジパングたちを何とか説得してきたようだ。
リーリスは酷く俺に失望し、エリィは心配しても距離を置くようになった。
時間だけが、淡々と過ぎていく。
戦争まで、刻一刻と。
俺は死体のように横たわっていた。動けず、思考も止まっていた。
「重症だね」
扉がノックされ、ライが入ってきた。
叱責されると思ったが、そうではなかった。
いつもの声色で、彼はベッドの端に腰を下ろした。
「タイムリープって、大変なんだね。事情はエリィから少し聞いたよ。
君は勇敢だ。ミノタウロスは残虐性に特化した魔物。僕やオーガでも、彼のルール内では勝つのは難しい。
それなのに君は何度も挑んだ。想像できないほどの苦痛とプレッシャーを背負っていたんだ。君は何も悪くない」
ライの声音は、どこまでも優しかった。
「僕は君と交わした約束を果たす。仮に君が来なくても、僕はゴブリンに加勢して人間と戦う。
だから、今は休むといい」
優しい言葉が、胸の奥まで沁みていった。
その優しさに、俺は少しだけ救われた気がした。
「ミノタウロスの個体はそれぞれ弱点が違う。
でも、もしかしたらドワーフなら何かを知っているかもしれない。
以前、ミノタウロスがドワーフの村に現れたという話を聞いた。何か見覚えはない?
もし同じ個体なら、何か分かるかもね。……まあ、今は休むことが一番だ。じゃあね」
ライは立ち上がり、静かに部屋を出ていった。
俺は目を閉じる。
――もう、目覚めないでくれ。
そう願いながら、暗闇に沈んでいった。




