ミノタウロス再戦――恐怖を越えて
大雨が降っていた。
泥が頬に跳ねる。その瞬間、胸を締めつけるような既視感が襲ってきた。圧倒的な déjà vu――そして、絶望。
「……俺は、負けたのか」
呟いて、ゆっくりと体を起こす。どうやらミノタウロスとの戦いに敗北したようだ。
ため息をひとつ。気を取り直して前へ進む。
再びエリィと出会い、いつものようにリーリスとも顔を合わせた。
だが今回は説明が面倒だったから、前の周回でエリィから聞いた“二人の秘密”を先に話してやる。
「な、な、なんでそれを知ってるの!?」
エリィは顔を真っ赤にし、リーリスは十歩ほど後ろに下がって壁に激突した。
おかげで前よりも話がスムーズに進み、俺は次の目的地――ドワーフの村へと向かうことにした。
ただし、前回と同じルートは辿らない。
ミノタウロス戦にかかる時間は未知数。あの不死身じみた怪物に敗北した記憶は、俺の心に深いトラウマを残していた。
考えるだけで、手が震える。
それでも拳を握りしめ、自分を騙すように前を向く。
「俺はドワーフの村へ行く。ヒドラを仲間にしたい。
――エリィ、リーリス。お前たちは先にオーガの里へ向かってほしい」
「え? 二人だけで?」
「いやよ! あんな野蛮な奴らの所、絶対行きたくない!」
即答で否定される。
けれど、これは必要な分担だった。前のルートだと、全員で動いたせいで時間がギリギリだったのだ。
「心配するな。オーガは襲われなければ女子供には手を出さない。
それに、あいつら今は木の実不足で困っている。話をすればわかるはずだ」
「……信じられないけど」
リーリスの顔はまだ不信でいっぱいだ。
「信じてもらうしかない。
俺がドワーフの村を攻略してエルフの所へ行く。エリィたちは先にオーガとエルフに話をつけてくれ。
エルフの協力を得られれば、戦況は大きく変わる」
「……ふぅん。つまり私たちが時間を稼ぐってことね?」
「そうだ。頼む」
俺は深く頭を下げた。
エリィの交渉力、リーリスのカリスマ性――二人ならきっとやり遂げてくれる。
「私はいいよ。だって、英雄君に従いたいし!」
「……あんたの言ってること、全部正しいわけじゃないけど、筋は通ってる。
いいわ。オーガの里へ行くわ。でも――」
リーリスが俺を鋭く睨む。
「エリィに何かあったら、あんたを殺すからね」
「分かってる。絶対に失望させない」
こうして話はまとまった。
俺はドワーフの村へと向かい、ライと再会。能力を知っていたおかげで短時間で仲間にできた。
その後、スライムを探して合流し、最短ルートでエルフの湖へとたどり着く。
――だが数時間後、スライムに乗ったエリィが現れた。
「スライムタクシー、ありがとう!」
「そっちは大丈夫だったか?」
「うん……リーリスがオーガの代表、ジパングと口論になったけど、襲われなかった。
でもね、明日までに“エルフの協力を得た証拠”を見せなきゃ約束は破棄だって」
時間がない。
前の世界線では俺がジパングを倒して信頼を得たが、今回は違う。
オーガから見れば、ただの理想論を語るゴブリンが現れただけだろう。
――けれど、やるしかない。
俺たちは再び、ミノタウロスのもとへ向かった。
仁王立ちするその姿は、まるで死神だった。姿を見ただけで、体が震える。
逃げ出したいほどの恐怖が心を掴む。
だが逃げない。
エリィがこちらを見ている。
俺は自分の頬を叩いた。乾いた音が雨音に消える。喝を入れて、ミノタウロスと対峙する。
ミノタウロス――生命力の化け物。
心臓を貫かれても、首を切られても、敵対心が現れない。
もし不死身なら勝ち筋はない。けれど、そんな理不尽を女神が許すはずがない。
どこかに必ず“終わらせる方法”がある。
それを見つけるまで、俺は戦う。
剣を抜き、角を切り落とした――外れだ。
すぐに奴のターン。
足が震える。瞳が恐怖で濁る。
次の瞬間、ハンマーが振り下ろされ、右腕が潰れた。
痛みと衝撃に倒れこみ、しばらく動けない。
それでも立ち上がる。
「……まだ、終わってねぇ」
次の攻撃。俺は迷わずレイピアを取り、男の急所を突いた――だが、それも外れ。
ミノタウロスは鉄球を取り出し、助走をつけて俺の腹を叩きつけた。
肺が潰れ、呼吸が止まる。
酸素が足りない。意識が遠のいていく。
視界が霞み、耳鳴りが響く。
――けれど、心の奥で声がした。
(まだ終われない。あの未来を、変えるんだ)
俺は必死に目を開けた。
意識の糸をつなぎ止めながら、再び剣を握る。
だが――そこで意識が、暗闇に沈んだ。




