エルフの真実とミノタウロスのルール
「ゴブリンがミノタウロスを倒す? そうか。本当に来たのだな」
「何か知っているのか」
「ドワーフの村、オーガの里での出来事は魔法の力で見ていた。お前がこの世界の者ではない存在なことも知っている」
「全部知っているのか」
エルフの声は中性的だった。淡々とした口調は、まるで神を象るような威厳と不気味さを孕んでいる。
「詳しくは知らない。だが、お前という存在が“異物”であることは魔法で探知した。ゆえに監視していた。そして改めて確信した――お前は特殊な存在だと」
「そうか。なら話は早い。俺たちはミノタウロスを倒す。その代わりに、オーガの里の死んだ土地を再生してほしい」
説明は不要のようだった。姿こそ見えないが、話が早いならそれでいい。
「可能だ。オーガの里を復興させることくらい、私たちの魔法なら造作もない。だがミノタウロスは強敵だ。勝てるのか?」
「勝つさ――いや、勝つまでやる。ちなみに戦争への参加は?」
「それはできない。我らは争いを望まぬ」
「そうか。もう一つ聞いてもいいか」
「なんだ」
「あんたたちの魔法は相当強いんだろう? 俺を遠くから見つけるほどの範囲と精度を持つ。なら、なぜミノタウロスを対処しない。放っておけば、被害が広がるだろう」
「……そうだ。ミノタウロスが現れたのは、ここから見える滝の上の丘だ。
そこは花が咲き、虫が舞う静かな丘だった。だが奴が現れてからというもの、虫は逃げ、花は枯れた」
「なら尚更」
「けど……」
「けど?」
歯切れの悪いエルフの声に、俺は思わずオウム返しをする。
「けどさ、怖いんだもん〜」
「は?」「え?」
突然、声のトーンが弾けた。神々しかった声は一変し、まるでオネエのような軽い口調に変わる。
「戦いとか興味ないし〜。それにミノタウロスと対峙するってことは、確実に負けるってことだし〜。
あいつがエリアを広げたせいで魔法も通用しないし、もう人間たちを追い払うだけで手一杯だったの〜」
「そ、そうなんすね。あはは……」
乾いた笑いが漏れる。
さっきまで神々しさ全開だったのは一体どこへ行ったんだ。
ギャルのような口調に、ただただ困惑しかない。
「とにかく、ミノタウロスを倒してくれればオーガの里を救ってやろう。以上だ」
「あ、ちょっと待って!」
エリィが手を広げて止めようとするが、すでにエルフの気配は消えていた。
湖面がぴちゃぴちゃと鳴り、再び静寂が場を包む。
「えっと……つまり、ミノタウロスを倒せば解決ってことかな」
「ぽいな」
あまりに変化球すぎるエルフの対応に、思考が追いつかない。
整理すれば――エルフは俺の事情を知っており、ミノタウロスを倒せば手を貸してくれるということだ。
「ちなみにエルフはすごくシャイな存在なの。だから姿を見せないの」
「シャイね……」
神秘的なはずが、最後のあの口調で全て台無しだ。
「まあ、私も初めて会ったけど、すごく面白い種族だったね」
「そうだな」
「とにかく滝の上に行こう。いつもノアス君に任せっきりでごめんね」
「そんなことないさ。お前がいなければドワーフやオーガの存在に気づけなかった。
交渉だってそうだ。特にジパングのところではお前が必要不可欠だった。
俺には能力がある。俺が“武器”だとしたら、使い手が必要だ。その役割を果たしてくれてるなら、お互い様だろ?」
「ノアス君……!」
ウルウルと涙を浮かべたエリィは、勢いのまま俺に抱きついた。
「ちょ、ちょ、ちょ!」
経験値が低すぎる俺は、顔が真っ赤に沸騰していくのを感じる。
「離せよ」と言うと、エリィは「ごめんね」と離れていった。
……正直、少し後悔した。あと数秒でも続いていたら心臓が爆発していたかもしれない。
深呼吸を三回。ようやく落ち着きを取り戻す。
スライムタクシーで滝を登る。スライムの粘着力で壁に張り付き、ゆっくりと上へ。
やがて滝の上に出ると、そこには静かな草原が広がっていた。
穏やかな風。大きな木が数本立ち並ぶ平和な景色。
……だが、その中心に“それ”はいた。
黒紫の巨体。頭部から突き抜けるように伸びた二本の角。
金属の手甲、腰にはチャンピオンベルトのような装飾。
そして素足の爪は獣そのもの――。
「あれが、ミノタウロス」
遠く離れていても伝わる、圧倒的な威圧感。
エリィも息を呑む。
ミノタウロスと目が合う。
何も語らず、何も侮らない。ただ静かに立つその姿が恐ろしい。
俺は煙を放ち、様子を探る。だが、ミノタウロスの前で煙は“消えた”。
「ミノタウロスはね、個体ごとに“エリア”を持ってるの」
「エリア?」
「そう。自分の設けた“ルール空間”のこと。その中では、奴のルール以外のあらゆる現象が無効化される。
エルフが対処できなかった理由の一つがそれ。今、襲ってこないのは、すでにエリアを展開しているからだよ」
「なるほど、エリア……か」
「空間に入れば、ルールの説明が出るはず。ノアス君、頑張ってね」
「ああ、行ってくる」
俺は唾を呑み込み、ミノタウロスへ歩を進めた。
一定距離まで近づくと、空気が変わる。
――重い。
圧が、肌を焼く。
心臓の音がやけに大きく響く。
「うー……うー……」
ミノタウロスの喉が鳴る。
次の瞬間、空中に文字が浮かび上がった。
ルール
・お互いに交互で武器を使い攻撃する。
・先行は挑戦者。
・武器は空間に封印され、百種類の中から毎ターン一つを選択する。




