枯れた森のオーガ
「ノアス君、ノアス君」
「ん、到着したか」
エリィの優しい声音で意識が覚醒する。猫のように目元を掻きながら上体を起こすと、そこは森林地帯だった。
ここは……ゴブリンたちが暮らしていた森とは違う。寂しい森だ。
木々はところどころ枯れ、地面も乾いてひび割れている。栄養が行き届いていないのか、生命の気配が薄い。
夜空には大きな満月が浮かび、森を淡く照らしていた。けれど空気には新鮮さがない。
この枯れた世界の冷気が、じわりと肌を刺す。
「確か、時間が無いって言ってたな。俺たちはここで待ってる。やること、やってこい」
スライムの声に「ああ」と答え、スライムタクシーから降りる。
「油断しないことだね。オーガは蛮族さ」
ライが短く告げた。彼の視線はすでに森の奥を警戒している。
眠気はまだ残っていたけれど、この張りつめた空気が俺の意識を強制的に覚醒させた。
少し進むと、里のような場所が見えた。
まるで西部劇に出てくるような、死んだ街――入り口の門は朽ち、毛玉のような枯草が風に転がっていく。
「こんばんは~」
伺うように声をかけてみるが、返事はない。
仕方なく、俺たちは街の中へと足を踏み入れた。
「ノアス君、危ない!」
エリィの叫び声。咄嗟に振り返る。
さっきまで何もなかった空間に、影があった。武器だ。骨でできた剣が、俺の頭上に振り下ろされていた。
しまった――。
煙の能力を使う間もなく、俺は身構える。
だが、その刃は俺に触れる直前でピタリと止まった。
まるで見えない壁に阻まれたかのように。
「え?」
「ゴブリンにヒドラ? テメェ、何のつもりだ」
建物の影から、巨体が現れる。
身長三メートルを超える男。包帯を巻いた長い腕、錆びついたような肌。頭の頂点には巨大な一角――オーガだ。
「僕の主に手を出すことは許さないよ」
ライが一歩前に出る。
彼の指先から無数の糸が伸び、俺とオーガの間に張り巡らされていた。剣はその糸に触れて止まっていたのだ。
「助かった、ライ」
「気にしないで。僕、この種族が嫌いなんだ」
「ヒドラがゴブリンを庇う? 冗談か」
「冗談なんかじゃない。僕はノアスの仲間さ」
「……あんた、オーガだな」
問いかけると、オーガは薄く笑うだけで答えない。
「少し話をしないか」
「話? 生意気なゴブリンだ。まずはその糸を解除しろ。……まあいい、俺たちの力がどれだけ優れてるか教えてやるよ」
オーガが挑発的に笑った。
ライは警戒しつつも、俺の一言で糸を解除する。
――次の瞬間、再び剣が振り下ろされた。
殺気を帯びた一撃を、紙一重で避ける。
ライとエリィが構えるが、俺は手で制止した。
「大丈夫だ」
「ほう、度胸はあるな。ヒドラを従えてるってのは本当らしい」
オーガは笑う。その笑いは乾いていて、不気味だった。
「世界最弱の種族が何の用だ」
「協力してほしい」
「協力?」
「ああ。俺たちは人間と戦争をしている。だが今の戦力では勝ち目が薄い。ヒドラ、ドワーフ、スライムの協力は得た。けどまだ足りない。――お前たちの力が必要なんだ」
「ククク……ハハハハハ! お前たちが人間に勝つ? バカを言うな。戦闘部族の俺たちですら勝てなかった相手に、ゴブリンごときが勝てるわけないだろう!」
オーガは我慢できないとばかりに笑い声を上げる。まるで俺の言葉が冗談にしか聞こえないようだった。
「冗談じゃない。お前たちだって人間に負けて、こんな土地に追いやられたはずだ」
言葉を返しながら、俺は辺りを見回す。
栄養を失った木々、朽ちた建物、死んだ土。
そして、オーガの痩せこけた体。――飢えているのは明白だった。
「言うじゃねぇか。確かに俺たちは負けた。だがライオットという化け物がいなけりゃ勝ってたさ」
「けど、負けたんだろ」
「……そうだ。俺たちは負けて、この枯れた地に追いやられた。木の実も育たねぇ。戦う力もねぇ」
「なら、俺たちに――」
「断る」
「なんでだ!」
「なぜ俺たちがゴブリンに手を貸す? 勝てたとしても、木の実を育てる環境をお前らが用意できるのか?」
ぐうの音も出なかった。
ドワーフには技術を。スライムには水辺を。
けれど、木の実を育てる環境なんて、俺たちにはどうにもできない。
「ヒドラを連れていい気になってるようだが、ここで倒されるか引き返すか、好きに選べ」
オーガの言葉は冷たく突き放すようだった。
だが――ここで引くわけにはいかない。
スライムの計画も、ゴブリンの未来も、すべてがここで止まる。
「木の実……栄養……環境……」
考えるが、答えは出ない。
そんなとき、ライが小さく呟いた。
「ならさ、エルフに交渉してみる?」
「――エルフ?」
次なる希望の名が、夜風に流れた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
今回登場したオーガたちは、ノアスたちの今後に大きく関わっていく存在になります。
次回は、いよいよ「エルフの森」編――自然と対話する種族との交渉です。
どうぞお楽しみに!
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