しゃべるスライムと水辺の願い
「俺だよ、その声は」
またしても、スライムから声がした。
雫の形をしたスライムの体がグツグツと沸騰するように揺れ始め――
次の瞬間、両端からゴツゴツとした腕が生えた。
その腕はボディービルダーのように逞しく、俺の足をがっしり掴む。
一歩、また一歩と、体を這い上がってくる。
……怖すぎる。
「俺たちスライムを知らないのか、おい?」
肩まで登ったスライムが、耳元で低く囁く。
ヤンキーに絡まれたような圧に、思わず裏返った声が出た。
「しゅ、しゅいません!」
「あー、ごめんねスライム。この子、少し特殊で……記憶を失ってるみたいなの」
エリィが慌ててフォローを入れる。
スライムはギロリと可愛い瞳で俺を見たあと、ひゅいっとジャンプして他の仲間のもとへ戻っていった。
「えっと、エリィ。詳しく説明してくれ」
「この種族はスライム。皆、声が渋いの。
体の形を自由に変化させて、擬態が得意な種族なんだ。
水辺で暮らすことが多くてね――特にドワーフの温泉が大好きなんだよ」
「へ、へぇー……」
足首ほどの大きさしかないのに、声はドスが効きすぎている。
可愛い見た目とのギャップに、俺は膝が震えた。
……無事にトラウマが芽生えた気がする。
「そいつがヒドラか。ほう」
「どうも、スライム」
「っふ。本当にゴブリンが倒したんだな」
「だなだな」「すごいな」「ワンチャンあるかもしれないぞ」
ひそひそ話すスライムたちは、みんな声こそ違えど全員が“いい声”。
目を閉じて聞けば、耳が幸せなボイスドラマ状態だ。
……頭が追いつかない。
「えっと、つまり会話ができるってことでいいのか?」
「ああ、そうだ」
低くて響く返事。
どんな顔をして聞けばいいのか分からない。
さっきまで「ムニ、ムニ」言ってたの、なんだったんだよ。
「ヒドラよ。お前は本当にゴブリンに倒されたのか?
さっきドワーフが盛り上がっていたが……」
パチクリした瞳で、スライムは真剣にライを見つめる。
ライはのほほんとした顔のまま答えた。
「本当さ。僕は彼に敗北した。だから、彼と共に戦うことにしたんだ。
――それがどうかした?」
その言葉を聞くと、スライムたちはギョギョギョッと体を震わせ、輪を作るように集まった。
何やら相談を始め、しばらくしてから代表らしき一体が前に出る。
「どうやら本当のようだな。
だが何故、ゴブリンがヒドラを倒せた? お前たちは“世界最弱の種族”のはずだろう」
「それは――」
説明しようか迷ったが、言葉よりも見せた方が早いと思った俺は、
体から煙を出してマジックのように能力を披露した。
「ゴホン! 説明しよう!」
代わりに前に出たのは、エリィだった。
まるで子供を自慢する母親のように、両手を広げて大げさに語る。
「彼の名前はノアス君!
なんと数百年に一度生まれる“特殊能力持ち”のゴブリンなのさ!
彼は誰よりも強く、あの人間たちを統べる《荊のライオット》と同程度の力を持つお方なのだ! ババンッ!」
真面目な顔で言い切るエリィ。
恥ずかしさで俺の頬は桜色に染まる。
ライはというと、少し冷めた目で俺たちを見ながら、さり気なく一歩後ろへ下がっていた。
どんな顔をして見られているのか怖かったが、恐る恐る目を開けると――
スライムたちは星のように輝く瞳で俺を見ていた。
「これまたすごいタイミングだ! ゴブリン……いや、ノアス!」
「は、はいっ!」
渋い声で名前を呼ばれ、思わず姿勢を正して返事をしてしまう。
「俺たちの“水辺”を取り返してほしいんだ!」
「へ?」
急に真面目なトーンに変わったスライムに、思わず眉をひそめた。
「俺たちは水辺で生活する種族だ。
だがある日、人間たちが川や湖にゴミを捨て始め、住めなくなった。
領土拡大のために、俺たちの住処は奪われ、干上がったんだ。
今はドワーフの温泉街で暮らしているが……いつまでも甘えるわけにはいかない。
俺たちだけでは人間に勝てない。だから――どうか、俺たちの水辺を取り戻してほしい!」
スライムの声は低く、重かった。
静かな森に、まるで太鼓のように響いていた。




