表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/39

ヒドラの仮面

敵対心を砕いたのは、これが初めてだ。

 俺は倒されたことはあっても、きちんと倒したことはない。この先どうなるのか、女神からも聞いていない。正直、困惑していた。


 俺があわあわしていると、ライの心臓がふたたび光を放つ。

 光はふわりと空中へと昇り、やがて蛍の群れのような輝きに変わる。その光はやがて形を持ち、舞踏会で使うような目元だけを覆う仮面となった。片目だけに蛇のような目が描かれている、不気味で美しい仮面だ。


『案外、お主も戦闘センスがあるものだのう。最低限の知識は与えたが、ライを倒すとは思わなんだ。よっ、天才!』

『あ、出てきたな、女神』


 突然現れた女神に、もはや驚きはない。どうせ、勝手に説明を始める。


『質問しないとは、よく調教された豚だ。ほれ、ぶひーぶひー鳴いてみろ』


 やれやれ、また面倒くさい絡みだ。口を強く結び、黙ってやり過ごす。


『ふむ。つまらん奴だが、私をよく理解しておるな。お前に与えた能力は覚えておるか? 煙、タイムリープ、そして仮面の力じゃ。

 種族の強者を倒すと、その能力を宿す仮面を得られる。お前はヒドラのライを倒したゆえ、ヒドラの能力が使えるようになったのじゃ。さあ、仮面を手にしてみよ』


 女神は尻を蹴り飛ばして急かしてくる。

 俺は空中に浮かぶ仮面を手に取った。冷たく、まるで蛇の鱗を撫でているような感触だ。


『ほれ、早う付けるのじゃ』


 女神の顎がクイっと上がる。

 舌打ちを飲み込み、恐る恐る仮面を顔へ。


「うわっ!」


 皮膚に触れた瞬間、仮面は生き物のように絡みついた。外そうとしても離れない。


『そう焦るな。大丈夫じゃ』


 女神の声に体の力が抜ける。

 仮面は馴染むように蠢き、やがて静かに落ち着いた――瞬間、頭の奥に閃光が走った。


「――こうして……すげぇ!」


 指を動かすと、目には見えにくい細い糸がビームのように飛び出す。蜘蛛の糸のようだが、俺だけにはその軌跡がはっきり見える。複数の糸を操ることもできる。


『よし、外すのじゃ』

『お、おう』


 仮面に触れると、あれほど張り付いていたのが嘘のようにスッと外れた。


『その仮面は意識すれば現れる。新しい能力に――かんぱーい!』


 女神はどこからかグラスを出し、一人で飲み干す。


『この力を駆使して人間に勝て、ということか?』

『お主もだいぶ察しがよくなったのう。その通りじゃ』

『そういえば、蛇なのに糸? 蜘蛛の方がしっくりくる気が――』

『はあ……。お前の世界の常識が通用すると思うな。ここは私の世界じゃ。オッケー? あーゆー、オッケー?』

『す、すいません』

『パードゥン?』

『すいませんでしたっ!』

『よろしい。では私は帰る。時間が無いぞ、走れ馬鹿者! アッハッハッハ!』


 去り際までうるさい女神だった。


 不愉快な笑い声が消え、静寂が戻る。

「とにかく仮面は手に入れた。……便利なもんだな」


 俺はヒドラの仮面を意識で出し入れしながら呟く。


 目の前では、まだライが倒れたままだ。

 敵対心を砕いた後、どうすればいいのかは知らない。女神の説明にもなかった。


 気まずい沈黙の中、頭を掻いて唸る。

「うぅ……」

「あ、起きた」


 ライが頭を押さえながらゆっくりと起き上がる。傷は跡形もない。


「ノアスと言ったね」

「え、うん」


 身構える俺に、ライは穏やかに微笑む。


「僕は君に負けた。敵対心が砕けた今、戦う意思もない。これからは君に付いていきたい。――いいかな?」


 その声音に敵意は感じられない。安堵とともに、胸の力が抜ける。


「人間たちが兵器を使おうとしてる。あと二日で、ここらの魔物を一掃するつもりだ。ゴブリンだけじゃ勝てない。だからドワーフに協力を頼んでる。

 でも、この鉱山を住処にしてるライがいたから、鉄が掘れなかった。……だから、戦うことになったんだ」


 俺は説明を終えると、真剣に問いかける。

「この場所をドワーフに渡してもいいのか?」


「うん。いいさ。この静けさは好きだったけど、君が必要とするなら譲るよ」


「え、いいのか? 本当に?」


 ライは辺りを懐かしむように見回し、微笑んだ。


「大丈夫。僕は君に従うよ」


 爽やかな笑み。疑いようのない真っ直ぐさ。


「じゃあ――行こう。これからは仲間、でいいんだな?」

「そうだね。そのつもりだよ。よろしく、ノアス」

「ああ、こちらこそ」


 握手を交わし、互いに微笑む。

 そして俺たちは、鉱山を後にした。ドワーフの村へ向かうために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ