ヒドラ戦 ―切断の真理―
首をポキポキと鳴らして、いつでも準備万端と言わんばかりのライ。
しかし、相変わらず声にはまるで気合いが入っていない。
「ちょっと待ってくれ。出来れば俺は穏便に解決したいんだけど……話し合いをしないか?」
戦闘になれば敵対心を砕くことはできる。だが、それは同時に“敗北のリスク”も意味していた。
敗北すればまたエリィと出会う直前に戻される――それは面倒だし、何より無駄が多い。
それに、無理やり相手の心に介入するのも気が引けた。
「いや、無理だよ。君、魔物らしくないね」
「えっと、やっぱり話し合いはダメかな?」
「まるで弱い人間みたいなことを言うね。僕たち魔物は“力”の関係で成り立ってる。
弱者は強者に従う――それがこの世界の常識だろう?」
「……そういう文化なのか」
はっきりと拒絶された。ならば、覚悟を決めるしかない。
俺は剣を構え、体から煙を放出した。煙は生き物のように広がり、ライを包み込む。
「なにこれ。君、不思議だね。道具の力ってわけじゃなさそうだ。へぇ……興味が湧いたよ」
相手に全神経を集中させる――次の瞬間、視界の端で何かが“落ちた”。
俺の――右足だ。
「う、うわあああああああああああああああ!」
雷鳴の後に響く轟音のように、痛みが遅れて襲う。
膝をつき、目の前の現実を見つめた。鉄の装備ごと綺麗に切断された右足。
何が起きたのか理解できない。熱い。痛い。熱い。痛い――思考が焼き切れそうだ。
「待ってあげるから、ゆっくりしていきなよ」
ライは、まだ一歩も動いていない。
俺は必死に止血しながら後退し、再び煙を展開する。
……だが次の瞬間、左腕が消えた。
「うああああああああああ!」
空中へ逃げようとした瞬間、切断。地面に叩きつけられ、転がる。
血と涙と汗が混ざって視界が滲む。
「煙は……そんなに強くないのか」
退屈そうに欠伸を浮かべるライ。
痛みに喘ぎながらも、俺は煙を傷口に当てた。止血にはならないが、少しだけ痛みが和らぐ。
思考を立て直せ、ノアス。動揺するな。
ライはまだ一歩も動かない。
なのに、俺の体は切り刻まれていく。何かが接触していないのに、斬られている。
分からない。だがせめて――敵の正体を暴く。
煙を操り、剣を隠し、ライに向けて振るう。
ライはひらりと宙に跳ぶが、煙は生き物のようにその足を掴み、地面に叩き落とした。
「へぇ、やるね」
妙な違和感。煙が何かに引っかかっている――。
だが、考えるよりも速く、ライが拳を突き出す。
「長引くと面倒そうだ」
空気が裂けた。
煙の流れが、線で断ち切られた。
何かが迫る。逃げようとしても、足がもう無い。
狩られる鹿のように、俺はただ震えていた。
次の瞬間――視界が赤く染まった。
体が線で刻まれ、血が噴き出す。胸から、桃色の結晶が浮かび上がる。
「終わりだ」
それは、敵対心の“具現”。
見えない刃がそれを切り裂く。
力が抜け、意識が沈む。あぁ――俺は負けたんだ。
けれど、最後に“見えた”。
俺の敵対心の輝きに、空間中の何かが反射した。
――線だ。空間に、何かが張り巡らされている。
ライの動き、断面、反射。
そうか……まさか、奴の攻撃は――。
確信に至る前に、意識は闇に落ちた。




