ヒドラ討伐の条件は――まさかの太もも?
結構ゴリゴリの強面かと思って身構えたけれど、エリィの姿を捉えたジョイの口元が僅かに緩み、視線がなんだかいやらしい……キモい視線へと変わった。
「ドワーフはさ、皆同じような見た目だから、私みたいな他の種族の女に惚れやすいんだよ」
どうやらエリィも察したようで、ジョイに聞こえないように俺へ耳打ちしてくる。
ジョイはさっきよりも高速で髭を撫でながら、落ち着きのない様子でエリィを舐めまわすように見ていた。特に足だ。ムッチリとしたエリィの太ももに釘付けになってやがる。
「ゴ、ゴホン。俺はジョイだが……何か用か」
「はい。おっしゃる通り、私たちは人間と戦争中です。けれど今のままでは勝てないんです。私たちに鉄の装備と武器を作ってほしいんです。お願いします!」
懇願するように頭を下げるエリィ。その真剣な表情に合わせて、俺も頭を下げた。
だがジョイの口から返ってきたのは非情な言葉だった。
「うーん。残念だが無理だ」
「なぜですか。私たちがゴブリンだからですか?」
「お嬢さんの可愛さはまるでエルフのように美しい。しかし我らドワーフは――弱い者には手を貸さない主義だ」
「けど、ドワーフの皆さんも人間を恨んでいますよね?」
「確かにそうだ。奴らは俺たちを騙し、鉄を奪い、仲間を奴隷として働かせている。流石の我ら種族でも、怒りでいっぱいだ」
「なら!」
「逆に問おう。多くの魔物たちが人間を止められていないこの状況下で、最弱の種族であるお前たちゴブリンがどうやって勝利するというのだ? 装備を提供したところで勝てるのか? ……人間は強いぞ」
「大丈夫です! 私たちにはノアス君がいるので!」
「おい」
何の根拠もなく自信満々に俺の名前を出すもんだから、思わずツッコミを入れてしまった。
俺だって初陣でボコボコにされた身だ。女神の加護で最低限戦えるようにはなったが、経験は圧倒的に不足している。
エリィの言葉に、恐る恐るジョイへ視線を向ける。
「ほう。そいつは何か特別なのか?」
興味を抱いたような眼差し。嫌な予感がした。
「ノアス君は何を隠そう転生――」
「あー、一回黙ってくれ、エリィ」
ややこしいことを言い出したエリィの口を、慌てて俺は塞ぐ。
首を傾げるジョイに、俺は咳払いを一度挟んで呼吸を整えた。
「説明が難しいけど、俺は“煙”の能力が使えるんだ。こうやって相手を包んで掴むことも出来れば、攻撃を避けることだって可能だ。こうすれば空も飛べる」
俺は煙を駆使して色々と披露してみせた。
ジョイは目を丸くして驚いている。気持ちよくなって派手に煙を使っていたら、いつの間にか周りにドワーフたちが集まっていた。
まるで客寄せパンダ。
複雑な気持ちだったが、拍手をもらうと悪い気はしない。――凄く気持ちよかったです。
「煙か……そんな能力を持つゴブリンなど、聞いたことがない。お前は強いのか?」
「ああ。俺なら戦争を勝利に導ける。ただし俺一人じゃ無理だ。みんなの装備を強化し、協力がなければ厳しい」
ここは虚勢で押すしかない。不安を悟られたら交渉が終わる気がした。
「ほう。お前は他のゴブリンとは違うようだな。しかし我らは武力を行使しない」
「大丈夫だ。ドワーフには武器や防具を作ってもらえればいい」
「なら一つ、仕事を頼んでいいか?」
「……ああ」
ジョイはもう一度、犬を撫でるように髭を擦った。
「俺たちはゴブリンを下に見ている。だから俺が納得したところで、他のドワーフが納得しなければ作ることはできん。だが――今俺たちが抱えている“大問題”を解決してくれれば、ドワーフはお前たちを認めるだろう」
「大問題?」
「俺たちドワーフは生粋の炭鉱夫だ。掘った岩を食い、温泉を掘り当て、鉄を掘り出すことに喜びを感じる種族だ。だが今、鉄が掘れないのだ。その問題を解決してほしい」
「……その問題って?」
「ここから見える大きな山があるだろう。あそこは鉄の宝庫だ。だが、あの鉱山に“三つの首を持つ大蛇ヒドラ”が住み着いた。狂暴な奴でな、俺たちは手も出せん。――そいつを討伐し、敵対心を砕け。もしやり遂げたら、俺たちはお前たちゴブリンを認めよう」
蛇の魔物か……。
この世界では「殺す」という概念がない。敵対心を砕けば、砕かれた者は従う――。
つまり、俺がヒドラを討伐できれば、そのまま戦力にできるってことだ。
勝てれば、の話だが。
「分かった。絶対に負けない」
「ノアス君、本当に大丈夫?」
心配そうな声でエリィが問う。
元をたどれば、こいつが俺を持ち上げたせいで引けなくなったんだが……。
「大丈夫、問題ない」
正直、めちゃくちゃ不安だ。新しい学校の入学初日ぐらい心臓バクバクだ。
それでもやるしかない。俺は深呼吸を繰り返し、心を落ち着けた。
「威勢はいいな。……だが、その装備では全く歯が立たんだろう。今ある鉄の装備ぐらいは貸してやろう。それからもう一つ、頼みがある」
「まだあるのかよ」
「ああ、えっと、そのー」
ジョイは急にモジモジし始めた。さっきまで堂々としていたのに、今は内股で人差し指をツンツンしている。
「そこの女……エリィと言ったか。その、そのー……太ももを撫でてもいいか?」
「は?」
冷え切った声が出た。
「俺たちは他種族の女に目がないんだ。しかも、めっちゃ可愛いやんエリィ! 一タッチでいいんだ!」
「どうする、エリィ」
「えっと、まあ……触るぐらいなら」
少し困りながらも、エリィはオーケーのサイン。
本人が良いならいいか……。
ジョイは接戦に勝ったみたいな勢いでガッツポーズ。正直冷めた。
威厳のある村長かと思ったら、ただのセクハラ爺じゃねぇか。
俺は氷より冷たい視線で、ジョイがエリィの太ももに触れる瞬間を見届けた。
本当に“一タッチ”――いや、ちょっと撫でたな。
セクハラ爺は鼻の下を伸ばして口元を緩ませている。その姿に、言葉を失った。
「そうだ、ノアスと言ったか。一つアドバイスをしてやろう」
「なんだよ」
もう敬語はやめた。腕を組んで偉そうに言ってやる。
「お前、臭いから一度風呂に入っていけ。うちの温泉は最高だぞ」
「う、うっせー! ありがとうな!」
恥ずかしさと苛立ちと感謝がごちゃ混ぜになって、わけのわからん声が出た。
戦う前に風呂で汗を流し、疲れを落とす。――やっぱり風呂って最高だな。
人間だった頃の感覚がまだ残っているのを感じて、少し安心する。
鉄の装備を身につけ、俺は鉱山へと向かった。




