ドワーフの村へ
ニッコリとしたヒマワリのように、リーリスの元気な笑顔を背に俺たちは家を後にした。
「まずはあっちの山へ向かおう。途中でお弁当の時間にしようね。この森は昔は小動物が多かったんだけど、今は数が減っちゃってさ。リスとかネズミとか、丸焼きにすると美味しいんだよ。私たちって木の実もお肉も食べるんだ。ノアス君もネズミとか食べたりするの?」
「しないけど。エリィ、悪いけど――その話、食欲なくなるからやめてくれ」
俺は確かに空腹だった。道中、実っている木の実を摘まんで進んでいるが、妙に美味く感じる。人間だった頃は木の実なんて見ても何も思わなかったのに、今は視界に入るだけで腹の虫が鳴く。
……どうやらこの体にも、この世界にも馴染みつつあるらしい。
けれど、どんなに馴染んでもネズミを「ご馳走」と思う日は来ないと、心の底から誓った。
夜の森は意外と怖い。闇の中を進むエリィは、木の枝を振り回しながら冒険ごっこの少年みたいに楽しそうだ。時折口笛まで吹くのだから、心臓に悪い。
ガサガサと音を立ててリスが飛び出した瞬間、思わず俺はエリィに抱きついてしまった。
「ノアス君……お風呂、入った方がいいかも」
その一言で、俺は普通に精神的ダメージを負った。
そっと距離を取って、自分の体臭を確認するけれど――やっぱり自分じゃ分からない。
エリィが用意した夕飯、という名の木の実を食べて、俺たちは仮眠を取ることにした。
夜は遅いが、ゴブリンになってから長時間の睡眠は必要ないらしい。太陽が地平線から覗く頃には、もう出発の準備が整っていた。
「ドワーフって、どんな種族なんだ?」
「物づくりのプロって感じかな。性格は優しいけど、私たちゴブリンを少し見下してるところもあるの。対等か、それ以上の種族には友好的なんだけどね」
「……なんか、感じ悪いな」
「でも平和主義者だよ。作業の速さと技術は超一流。その気になれば、私たち全員分の装備を半日で作っちゃうと思う」
「恐ろしく速いな」
――ドワーフの協力を得られれば、まずは最低限の戦力を整えられる。
ただ、問題はそれだけじゃない。
兵力が足りない。
人間と同じ装備を揃えても、あっちには“荊”と呼ばれる強敵がいる。
つまり、もっと強力な戦力が必要だ。
さらに言えば、遠距離攻撃を担う種族もいない。前の戦いを見た感じ、ゴブリンたちは近接武器ばかりだった。そもそも木しか使えないから、弓なんて作れるはずもない。
――これらを三日以内に解決して、人類に勝つ?
……どう考えても無理ゲーだ。
それでも、やるしかない。
「そろそろドワーフの村に到着だよ。思ったより早かったね。ノアス君、意外と歩くの速くてびっくりした」
軽く馬鹿にされた気もするが、エリィの無邪気な笑顔を見ると怒る気も失せる。
森を抜けると、景色が一変した。
木々が減り、代わりにゴツゴツした岩が地面に点在している。中には鉄のピッケルが突き刺さった岩もあった。遠くには、巨人が腰を下ろしたような巨大な山。
村に足を踏み入れると、そこはまるで岩の迷宮だ。建物はすべて岩をくり抜いて作られた“石の家”。見た目はかまくらに近い。どれも無駄のない、精密な造りをしている。
地面も岩で、歩いているのは背の低い者ばかり。人間の小学生くらいの身長だ。全員が鉄のピッケルを背負っている。
俺たちが入ると、村の空気が一気に変わった。
歓迎ムード――ではなく、不信の視線。
完全なアウェイだ。俺の表情が凍る中、エリィだけは堂々と歩き、手を振っている。曇った顔のドワーフたちに、笑顔で。……もはや清々しいレベルだ。
「まずは観光しよう」
「いや、そんな時間ないだろ」
「すぐ終わるって。ドワーフの村って、温泉街なんだよ」
確かに、硫黄の匂いが鼻をくすぐる。
湯煙が立ちこめ、足元の岩肌はじんわりと温かい。気づけば汗が滲んでいた。
魔物たちの命運がかかっている。正直、焦りもある。
けれどエリィはそんなことお構いなしに屋台へ行き、饅頭を買って俺の口へ放り込んできた。
「うっま……!」
とろけるような甘さが、乾いた喉を潤すように広がる。
「ドワーフは装備を作るだけじゃなくて、鉱山を開拓する専門家でもあるの。だから食べ物も独特でね。ドワーフが作る饅頭は絶品なんだよ。ちなみに彼ら、何を食べると思う?」
「え、まさか……」
「正解は岩!」
「岩!?」
思わず聞き返す。岩を食べるって、どういう理屈だ。
「そうだよ。ほら、見てごらん。あの顎の発達した口。自分たちで掘った岩を食べるのが主食なんだ。だから、食事には困ってないの」
言われてみれば、屋台には岩が並んでいる。
そのままの岩、焼かれた岩、平べったく伸ばした岩――まるでパンの種類みたいに。
……岩食って生きてるのか、すげぇな。
「ドワーフも人間を恨んでるのか?」
「そう思うよ。何度も平和的な交渉をしたけど、その度に人間たちに裏切られて仲間を失ったの。だから、きっと恨んでる」
その時、後ろから声がした。
「お前たちか。珍しい客人が村を騒がせていると聞いて来てみたら、ゴブリンとはな。たしか、人間と戦争中だったはずだが」
「あんたは……!」
振り返ると、そこには一人のドワーフが立っていた。
雪のように白い髭をたくわえ、その髭を撫でながらこちらを見ている。小柄だが、腕も脚も筋肉で固められており、まるで小さなゴリラのようだった。
「貴方は、ドワーフの長――ジョイさんですよね」
「そうだが……お嬢さん、んー、とてもいい香りで可愛らしいねぇ」




