旅立ちの決意
「は? 何言ってんのよ、あんた」
ですよね~。
俺はリーリスの家にいる。彼女は一週目のときと同じく、氷のような不信感の眼差しをこちらへ向けていた。
一つずつ説明していこうと思ったのだが——エリィが一言目に、
「ノアス君、タイムリープして来たんだよ!」
などと爆弾発言をかましてくれたせいで、リーリスの信頼を掴み取ることはほぼ不可能になった。
「本当だよ! 本当!」
「……はいはい。もういいわ」
完全にシャットダウンしようとするリーリスに、エリィは慌てて両手を広げた。必死に会話の糸をつなぎ止めようとしている。
「あんた、戦争に勝ちたいんだろう」
「なに、いきなり」
「このままじゃ負ける。装備の差を考えてみろ。なんで今まで気づかなかったんだ」
「装備の差? 仕方ないでしょう。私たちはこの森で生きてるの。木を削って装備を作るしかないし。それに、全部が装備のせいだって言いたいの?」
リーリスは膝を細かく震わせて、貧乏ゆすりをしていた。苛立ちが露骨に伝わってくる。
そりゃそうだ。タイムリープなんて信じられるわけがない。
けれど信じてもらうとかじゃない——何としても、明日の戦争を止めなければならない。
「その選択で仲間を多く失ったんだ。装備の差で勝てないと、もっと早く気づくべきだった。そうすれば、人間に捕まったゴブリンの数は減ったはずだ」
「あんた、一体何なのよ! 部外者のくせに、何が分かるって言うの!」
「部外者だからだ。だから見えるんだよ、冷静に。……俺はお前たちを救いたい」
リーリスの瞳がわずかに揺れた。
「タイムリープなんて信じてもらわなくていい。ただ止めたいんだ。このまま行けば負ける。エリィも、リーリスも、他のゴブリンたちもみんな捕まる。族長として、それでいいのか? ……だから、頼む。話を聞いてくれ!」
俺の声は、ほとんど懇願だった。
リーリスと過ごした時間は短い。それでも分かる。彼女は熱い心を持っている。仲間想いで、誰よりも責任を背負っている。
だからこそ、俺はその熱に訴えかけることにした。
「タイムリープなんて聞いたことがない。でも……エリィの言うように、私たちの内情を知っているのは確かにおかしいわ。——教えて。どうすれば、私たちは戦争に勝てるの?」
その問いには、すべてが詰まっているように思えた。
俺が何者かなんて、リーリスにとってはどうでもいい。
大事なのは——仲間を救えるかどうかだ。
けれど俺は、その問いに答えられなかった。
「それは……」
喉が詰まる。何も言葉が出てこない。
この世界を、俺はまだ知らなすぎる。
黙り込んだ俺に、リーリスの眉が曇る。
「装備の差……。ノアス君の言う通り、鉄の装備と対等になるには——やっぱりドワーフを頼るしかないんじゃないかな?」
「ドワーフ?」
思わず繰り返す。エリィが言った言葉に、わずかな希望が見えた。
「無理ね。彼らの技術と作業の速さは超一流だけど、鉄鉱山で問題が起きてるって噂よ。ノアスの言う通り、私たちが勝てないなら、その問題を解決するのも難しい。しかもドワーフの村まで半日。戦争の準備を止めるわけにはいかない。延ばせても、三日が限界」
「……いや、いける」
思わず言っていた。
暗闇の中で見つけた、一筋の光のような可能性。掴み取らないわけにはいかない。
「は?」
「俺が行く。イレギュラーの俺が動くぶんには、迷惑は掛けない。半日なら十分だ。——俺を信じてほしい」
虚勢じゃない。確信を持って、リーリスを見つめ返した。
「勝手にしたら。でも三日。それ以上は待てない。それまでに、あなたの言う“勝てる結果”に変えてきなさい」
「ああ」
「私も、ノアス君に付いていっていいかな?」
「は?」「え?」
手を挙げたエリィの発言に、俺とリーリスの声が重なった。
「ノアス君が転生者なら、この世界のこと知らないでしょ? 私が案内役になるの。種族のことも詳しいし。いいでしょ、リーリス!」
猫みたいに両手を合わせて上目遣い。
リーリスは眉をしかめて困ったようにため息をつくが、結局——
「わかったわよ。勝手にしたら」
負けを認めた。
エリィの頭を軽く撫でてから、鋭い視線を俺に向ける。
「エリィに何かあったら、殺すから」
「は、はい。わかりました」
オオカミに睨まれたウサギのように、俺は反射的に頭を縦に振った。
「じゃあ決まり! 早速出発しよっか!」
「もちろんだ。時間がない。準備は?」
「万端だよ。だって、明日が戦争だったからね。夜道でも私がいれば安全さ。さあ行こう、英雄君!」
——なんか不安しかない。
エリィのウキウキした笑顔を見ていると、緊張感がどこかへ飛んでいく。
でもまあ、こういう呑気なやつが隣にいてくれた方がいいのかもしれない。
「じゃあ行こう」
「うん!」
笑顔のエリィとともに、俺たちはリーリスの家を後にした。
今回は、リーリスとの再会&信頼を得るまでのエピソードでした。
次回はついに新種族ドワーフ編に突入します!
ノアスとエリィ、ふたりの旅路にどうぞお付き合いください。




