境界への誘い
時刻は既に夜遅くだったが、酒場も兼ねた宿の食堂は、客がまばらに残っていた。
三人は隅の方のテーブルに陣取り、簡単に注文を済ませ、運ばれてきた飲み物で乾杯する。
「よく知らなかったけど、魔術ってあんなことも出来るんだねぇ」
ルカは事件以降、ずっと思っていた疑問を口にした。
「あんなことって、どのことですか?」
ロザリーは運ばれてきた葡萄酒を一息に飲み干した後、二杯目を注文しながらのほほんとした顔で聞き返した。
ペースが速い。
「呪術も回復術も。
自分の術と比べると次元が違うというか」
しょんぼりしながら、付き合いで頼んだエールを少し啜る。
酒を飲める歳ではあるが、旨いとは感じられない。
「お前は術使えるようになって一年も経たないんだっけか?
ありゃ規格外だから気にすんな。
そういう意味じゃ、あのジジイも相当有能ではあったんだろうな」
ランツはエールを半分ほど飲み、ナッツを齧っている。
「何故世のため人のためと考えられなかったんでしょうね。
その才能を教会運営に使っていてくれたら……」
「聖環教から隠れて活動してたんだから繁盛したり目立ったりしたらダメだろ……」
忌々しげに呟くロザリーを宥める。
アルコールのせいだろうか、いつもの温和な雰囲気と異なる言葉が発せられる。
「そうそう、教会も無許可だったっていうならこれからロザリーさん達はどうするの?」
「そうですね……
教会跡地からまだ使えそうなものを探そうと思ってましたが、立ち入り禁止になっているので……
一先ずお仕事探しからですかね」
これからの不安を吹き払うように葡萄酒を呷る。
「そのことなんだが」
ランツが口を挟んだ。
「俺の依頼主の想定じゃ、孤児を残して全員とっ捕まえる予定だったんだ。
んで残った子供らは、宛てが無きゃうちの村に連れてこいっていう話でな」
その依頼主は、アフターフォローまで考えていたようだ。
聖職者、かくあるべし。
「もちろん100%善意じゃねえわけだが。
アランダって村なんだが、知ってるか?」
ルカは首を振るが、ロザリーは心当たりがあるようだ。
「ここ最近、境界の先にできたっていう村でしたっけ?」
境界とは、人間が住む領域を内側、それに敵対するような存在が住む領域を外側として分ける線。
「ああ、十年くらい前から開拓が始まって、三年くらい前に村としての体裁が確立できてな。
魔力濃度が高いところで子供を育てて、魔術を使える可能性を高めて、人材確保しようって魂胆らしい」
魔力濃度について、境界の内側が低く、外側が高いという傾向がある。
そして魔術については、当然魔力濃度が高い方が簡単に発現する。
さらに、魔術を発動する感覚というのは子供の内だと掴みやすく、大人になってからでは難しくなるのだとか。
結果、境界のように魔力濃度の高い場所で過ごす子供は、魔術習得の可能性が跳ね上がるらしい。
「その辺はここの領主と教会で協賛、もといいがみ合って進めてるみたいだ。
今いる連中なんか、ちゃんとした教育受けて俺よりいいもん食ってるぜ」
「でも、危険なんでしょう?」
必然的に、境界の外側にいる存在からの襲撃を受けることが多いだろう。
「そりゃ当然。
そこら辺は、俺みたいなケツ持ちが何人か常駐したり、行きずりの冒険者に協力求めたりで何とか回してる」
ランツは以前、冒険者は副業と話していたが、本業がそれらしい。
「今となっちゃ、あんたって保護者がいるからな。
そっちで面倒見るならそれで良し。
ガキが負担になるっていうならうちで預かるのも良し。
あんたが良けりゃあんたごと来てくれたって良い。
人手不足で、絶賛入植者募集中だ」
「…………」
ロザリーは考え込んだ。
考えながらも葡萄酒を流し込む。
「……まあちょいと考えてくれ。
そういう予定だったもんだから、順調なら二、三日後くらいにうちの村から馬車が来る予定だ。
それまでに答え出してくれりゃいいさ」
「そう、ですね。
お気遣い感謝します」
ランツの言葉に、ロザリーは頭を下げる。
「そんでルカよ。
言い忘れてたが、冒険者ギルドには大体のことは報告してある。
お前の報告で変な食い違いがなければ報酬もらえるだろうから忘れんな」
「あ、そっか!
ありがとう、行けそうなら明日行く」
失踪事件について調査だけしようと考えていたのに、何やかんや解決まで漕ぎつけた。
文句なしで満額の報酬がもらえるだろう。
少し酔いが回ったのか、頬が緩む。
酒の味は好みではないが、この感覚は悪くない。
「お前はナバリスに行くんだったか」
「うん、明確な目的があるわけじゃないんだけど。
境界にある大きな街っていうし、何かするならそこかなと思って」
大陸の境界内側最東端にある街、ナバリス。
外側からの侵攻を防ぐための城塞都市であり、物資を内外に運ぶための港町でもある。
ネガティブな理由から故郷を飛び出したルカでも、何かやりたいことを見つけられるだろう、と。
「明確な目的があるわけでもねえならお前も一回うちの村に寄ったらどうだ?
さっきも言った通り、うちの村は入植者絶賛募集中だ。
ナバリスに行くのに遠回りってわけでもなし、気が向いたら定住してくれたっていい。
お前なら歓迎するぜ」」
そういって豪快に笑う。
悪い気はしない。
仮に定住はしなくとも、寄り道も悪くはないだろう。
ロザリー同様、返事は後でいいと言われたが、その場で了承した。
そしてお開きになる頃、ロザリーは酔い潰れていた。
「こいつは危機感とかねえのか……」
男二人は否応なしに、その豊満な体に視線を向けてしまう。
「世が世なら、あの力で聖女とか呼ばれても不思議じゃなさそうだけどね……」
「聖女はねえな、色々と残念すぎる」
何か間違いが起こることもなく、ロザリーは丁重に割り当てられた部屋に送り届けられた。




