失踪事件の後、事の顛末
目を覚ましたルカの視界は、夕暮れの橙に染まっていた。
記憶が途切れたのは崩壊する教会の瓦礫に巻き込まれた辺り。
死を覚悟したが、何とか生き残ることができたようだ。
体を起こすと、酷い倦怠感に襲われる。
ざっと確認するが、外傷はなかった。
サイドテーブルに用意されていたコップの水を飲み干す。
何かと夕日が印象に残る数日間だった、と思い返しながら、ぼんやりとする。
しばらくの後、部屋の外から騒がしい音が聞こえてきた。
その主であるロザリーは、ノックもせずにルカの部屋に入ってきた。
「……あっごめんなさい!
起きてるとは思わなくて」
その後、ロザリーが食堂からスープを持ってきてくれたので胃に入れた。
ルカはあれから二日間眠っていたという。
夜になればランツが戻ってくるので、そこで情報整理しようということになった。
ルカは思うように動けないこともあり、そのまま横になり体を休める。
そして夕食時を過ぎてしばらく後。
ランツとロザリーがルカの部屋を訪れた。
聞かせられない話もあるため、子供たちは寝かしつけてある。
「あの、ここのお代を立て替えてもらっていてすみません。
今、手持ちも収入の当てもなく、もう少し待っていただけると……」
「ああ、気にすんな。
教会側の不始末ってことで、後で依頼主に必要経費として払わせるさ」
子供がいるとそういった話は憚られるのか、開口一番ロザリーは先立つ物の話を切り出し、只管頭を下げている。
教会組はあの事件からランツに費用を立て替えてもらい、宿に泊っていた。
文字通り教会が潰れた今、彼女たちはこれからどうなるのだろうか。
「色々知りたいことがあるだろうから、俺から話していいか?」
「はい、お願いします」
ルカが佇まいを正して返事をする。
「何で敬語になってんだ?」
「いえ、想像してたより凄い人だったんだと思って……」
これまでの流れを見るに、この男が只者ではないことは明白だ。
だらしない印象が強かったが、やはり見方が変わってしまう。
「お前が想像してるようなもんじゃねえからやめろ。
ロザリーも堅っ苦しいのはやめてくれ」
「私はこれが常なので」
そんなやり取りの後、事のあらましについて語り出す。
あのマヌエル改めモーガンという男は、聖環教会に属しながら非人道的な研究に手を染めており、二年前にそれが発覚。
捕まえようとしたところ寸前で逃げられ、表向きは教会追放という形になった。
その研究というのが、己の体に及ぶマイナスな事象を他者に押し付ける呪術の再現。
それにより不老不死という絵空事を実現しようとしていたという。
そして三ヶ月程前、この町で発生した最初の失踪者事件。
これが教会関係者の耳に入り、未申請の教会の存在が確認された。
調査を進めると、行方を眩ませていたモーガンに似た風貌の男が目撃されたため、ランツに依頼が舞い込んだということだった。
ランツが町にやってくるまでの流れを聞いた後、ロザリーが質問を投げる。
「何故、ランツさんに話が行ったんですか?
結局あなたは聖環教の関係者ではないということでいいんですよね?」
「ああ。
俺の村の教会関係者から、能力的に俺が適任だって頼まれて仕方なくな。
遠路はるばるやってきたわけだ」
聖環教に属しているわけではなく、その関係者の知り合いという立ち位置だという。
「ではあの男の回復力や身体能力は、その研究していた呪術の成果ってことですか?」
「そのはずだ。
あのジジイが逃げ出した先が隠し階段だった。
そこに施設やらダメージの押し付け先の人柱やらが押し込まれてたんだろう」
ルカは自分がモーガンに与えたダメージが再生されたこと、その代償を考えて居たたまれない気持ちになる。
「そこで証拠隠滅のつもりか、爆発が起こってあの様だ。
教会に引き渡されたら何されるかわかったもんじゃねえ、備えてたんだろうな。
モーガン含め、生きてる奴はいねえだろう」
ランツの言葉に、ロザリーは顔を伏せた。
「……教会の跡地はどうするんですか?
被害者の供養や、研究内容の完全な消却等……」
「その辺は俺の依頼主に報告すりゃ教会の連中がどうにかすんだろ。
あそこまで派手に崩れてたら瓦礫の撤去だけでエライ時間食うぞ」
何とかしたいという気持ちはあるが、どうにもできないと悟り、ロザリーは黙り込んでしまう。
「僕からもいくつか聞いても大丈夫?」
「ん、答えられる内容ならな」
主な被害者であるロザリーの質問がひと段落したと見て、ルカが質問を続ける。
「あのエセ神父が失踪事件の犯人って目星はついてたみたいだけど。
すぐに本人に突らなかったのは前も言ってた通り、協力者を見つけるためだったっていうことで良い?」
「ああ、確証なしで突っ込み入れて、シラを切られてる間に本人や協力者に研究結果を持ち出されたら困るからな。
お前らが危険な目に遭ったのは申し訳ねえが、現場も押さえられた。
助かったわ」
確かに、後は瓦礫に埋まっているであろう研究結果さえ処分できれば、あの邪法は外に漏れないはずだ。
教会が悪用しなければ、という前提にはなるが、どうしようもない。
結果的には良い所に落ち着いたのかもしれない。
「じゃあ次。
盗賊退治……というか、別人に入れ替わってたらしいけど、そっちは大丈夫だったの?」
「あの連中なぁ。
盗賊だと思ってたら初手で殺しに来てビビったぜ。
思ったより手強かったが、まあ何とかなったな」
あの時教会に現れたランツに怪我らしい怪我は見られなかった。
それだけの実力差だったということか。
「エセ神父が言うには、研究の成果を取引材料に手伝ってもらうみたいな関係だったみたいだけど、そいつらの身元に心当たりある?」
「あー、依頼主に何とかって一派が絡んでる可能性があるとか聞いたな。
……バシル、いやダージリンだったか?
まあ関わらないならそれに越したことはねえな、忘れとけ」
紅茶党の集団なのだろうか。
正確な名称を思い出せないバツの悪さからか、曖昧に会話を切られる。
「じゃあ最後。
答えられるなら、でいいんだけど。
エセ神父の回復を無効化してたみたいだけど、何したの?」
モーガンがランツに殴り掛かった後、回復しないことに驚いていた辺りのことだ。
「奴はスケープゴートやらの呪術を魔術で真似してた。
その類の術は、関係する相手と契約やら何やらの術的な繋がりが必要なわけだ。
そのデメリットの押し付け先との繋がりを絶ったって感じだな」
具体的な手段は伏せられたが、内容は明快。
モーガンがランツに近づいた際に術の繋がりを絶ち、呪術をご破算にしたということだ。
「うん、ありがとう。
こっちの質問は以上かな」
納得した様子のルカにランツは頷き、続けてロザリーの方を見る。
「俺からも聞きたいことがある。
ルカを治したあれは何したんだ?
アレは魔術ってレベルじゃねえぞ」
魔術は『現実に起こりうる現象の再現と操作』をするもの、というのが通説である。
そして一般的に言われる回復術は、人間の自然治癒力を高めるもの。
体に風穴が空いたような状態、ましてや内臓の損傷など治るはずもない。
人の常識外の現象もなくはないが、それは最早超能力や奇跡と言われる類のものだ。
「えっと、私としては、魔術だと思ってるんですけど……
その、詳しくは……言いたく、ないんですけど……」
ロザリーは俯きながら、あの力を扱えるようになった経緯を、非常に断片的に語った。
飛び飛びの情報を拾い上げると──
暴力が常に傍らにある生活を送り、常に大小の怪我を負い。
その都度、治してきた。
時には命に係わる怪我も。
何とかその状況から逃げ出し、半年ほど前、シスターとしてあの教会に入り、今に至った、と。
「あの力が使えるようになった理由は、死にたくなくて、必要に迫られて、としか……
自分以外に使ったことはなかったし、隠してきました。
でも、あんな状況で、他の人にも使えるんじゃないかって……」
断片的とはいえ、想像以上に陰惨な内容を伝えられ、ランツは言葉が出なかった。
ルカは改めて、そんな力を使ったことに感謝を述べる。
「ロザリーさん、その……本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそです。
お互い命があって本当によかった!
あと、私にも敬語はやめてください」
そういって普段通り微笑む。
重苦しくなった空気を破るように、ランツが言う。
「まあ……辛いことは食って飲んで忘れるとすっか。
食堂で祝勝会と行こうぜ、好きなもん頼め」
「いいんですか?」
ロザリーが顔を上げる。
「ルカも血が足りねぇだろ、肉食え肉」
「そりゃありがたいけど、うまく歩けないから肩貸して……」
「お酒も飲んでいいですか?」
恐ろしく速い切り替え。
立ち直ったロザリーは、ちゃっかりしていた。




