魔術教師の着任
冒険者ギルド アランダ支部の二階、村長の執務室に、二人の来訪者があった。
「お初にお目にかかります。
私、魔術師ギルドから派遣されました、カテリーナ・ムルドラクと申します。
こちらは同所属のクヴィス、私の補佐を務めてもらっています」
二十歳前後の女性が、優雅に一礼する。
金色に煌めく長い髪に宝石のような碧眼。
仕立ての良いローブを身にまとっている。
後ろに控えている小柄な青年も、続いて頭を垂れた。
くすんだ赤毛に大きな垂れ目。
人懐こそうな微笑をたたえている。
「ご足労いただき恐縮です。
私はここで村長を務めている者です。
諸事情により名を伏せているため、失礼ですがそのまま村長と呼んでいただけると」
迎えているのはアランダの村長。
相変わらず胡散臭い笑顔での対応だ。
「ええ、ご事情は承知しています」
ルクシャーナの交渉、および魔獣騒ぎから三ヶ月弱が経過した頃。
かねてから話のあった、魔術師ギルドからの教師役が、アランダへと到着していた。
「早速で恐縮ですが、荷物が大量にあるため、早々に片付けたく。
どちらに運べばよろしいでしょうか」
「南側に、以前辺境騎士団が使っていた建物があります。
少し前まで物置としていましたが、片づけを済ませていますので、そちらを使っていただこうかと。
一階の人間に手伝うよう言いつけていますので、そちらにお声がけください」
「ありがとうございます。
クヴィス、お願い」
指示を受け、クヴィスと名乗った男は再び深く頭を下げると、部屋を出て行った。
「それにしても、随分と早くお越しいただけたものですね」
ルクシャーナでの交渉から、妨害を仕掛けていた者への対応に二ヵ月を要した。
そこから一月足らずで、彼女たちが到着したことになる。
「そうなるよう、貴方が手を回していたのでしょう。
それに、私がこちらに派遣される候補だったこと自体は、前々から聞き及んでいました」
「おっと、そうでしたか」
「それと、私に対して敬語を使うことはお止めください」
「は?
いや、しかし……」
「貴族といえど下級、それも末席を汚す身。
それに、この村の貴族に対する印象は芳しくないと聞き及んでいます。
一般の身分として扱ってくださると、こちらとしても助かりますわ。
私の名も、村の皆々様には、ただの『カティ』と紹介してくださるかしら」
「……」
この装い、この振る舞い。
それらはこの後直せばいいのかもしれないが。
彼女はこの村へは上流階級向けの馬車複数台を引き連れてきており、既に大きく目を引いている。
既に企画倒れだと思うが、村長は相手の意見を尊重することにした。
「……わかった、それがお望みならな。
で、そっちの状況は?
現状を見る限りは、順調そうだが」
「ええ。
内通者については粗方見当をつけていて、これから各々精査する予定です。
そちらは?」
「こっちも大体準備はできてる。
言われれば、すぐに動ける状態だ」
「重畳です。
では私は、契約通り教会の孤児たちに魔術の基礎を教えれば?」
「ああ、そうしてもらえると助かる。
エルディナってシスターの婆さんが代表だから、詳細はその人と詰めてくれ」
「承知しました」
そこで会話が途切れる。
この場で話す必要がある事柄については一段落か。
「それじゃ、よければ軽く村を案内させてもらおう」
村長がそう切り出し、席を立とうとするが──。
「お待ちください」
カティが引き留める。
「個人的にお願いしていた件はどうなりました?」
「ん?
ああ、この村の魔術を使える連中に、渡りをつけてほしいって話か」
「はい。
はっきり申し上げますが、このような僻地に派遣されたことに、不満がないわけではありません。
ここの魔術師の皆さんは、独特な魔術をお使いになると耳に挟んでいます。
その深奥まで教えてほしいなどとは言いません。
見せられる範囲、教えられる範囲でお願いできれば、と。
それだけを楽しみに、この地へと足を運んだのです」
よよよ、と泣き崩れる。
「すまんすまん、忘れていたわけじゃない。
説明すると、今村にいる魔術師で儂が口を利けるのは四人。
うち一人は未熟者だが。
一応それぞれに話は付けてある。
後は二人、今は余所に出てるが、そいつらも村に寄り次第、話をしてみる」
話を付けた魔術師には、ロザリーも入っている。
彼女の魔術を見せるべきかは迷ったが、隠しておくことも難しい。
ならあらかじめ見せ方を決めて、それらしく見せた方がいい、という判断だった。
「まあ、ありがとうございます!」
満面の笑顔が眩しい。
まだ腹の底は見えないが、付き合いやすそうな人物ではありそうだ。
「ただ、二つ条件がある。
一つ目は当然、情報を外に漏らさないこと。
どこまで見せるかは本人に任せてはいるが、余計なリスクは避けたいからな。
うちの連中はぶっ飛んでるのが多い。
もしそっちが原因で情報が漏れた場合、その身の安全は保証しかねる」
「当然のことです。
魔術に関わる者として、そのような背信をしないことを誓いますわ」
この忠告は誇張ではなく、むしろ控えめなくらいだが。
本人がこう言っているのだから大丈夫か。
「二つ目は、時間があるときでいいんで、魔術を教えてやってほしい奴がいる。
さっきも言った、未熟な奴だ。
スランプに陥ってるらしい。
余談だが、まじめな奴でな。
他の奴も気にかけてて、そいつに教えてくれるなら自分の術を見せるって言われてる」
「そう言われて断る理由もありませんが……
魔術学校でも、スランプのままその道が断たれる生徒は少なくありません。
私が教えられる範囲であれば、ということでよろしければ」
「もちろんそれで構わん。
それに、さっきのクヴィスという連れに雑用全てを押し付けるのも色々と問題だろう。
修行ついでに、そいつをこき使って構わない」
「なるほど。
そういうことであれば、お言葉に甘えますわ」
ルカ待望の魔術教師の到着。
それに伴い、本人の知らぬところで仕事が増やされていた。




