盗み聞きと不意打ち
「これはどういうつもりですか、マヌエルさん?」
近くから聞こえる声に、ルカが頭痛と共に目を覚ます。
「本教会の運営方針の変更……というよりは、本来の目的を遂行するための必要な処置です」
どうやらマヌエルとロザリーが会話しているようだ。
混乱しつつも状況整理のために、周囲を確認する。
まずは自分。
当然だが、まずは生きている。
最後の記憶は教会の食事だったので、睡眠薬あたりを盛られたのだろう。
手足を縛られて床に寝かされているのもあり、すぐにどうこうされるわけはなさそうだ。
薬を盛られてからどれだけ時間が経ったのかは不明だが、辺りは完全に暗くなっている。
頭痛が酷いので、動かずに寝た振りをして会話を聞くことにした。
「……やはり失踪事件はあなたの仕業……?」
目線だけを動かして周囲を見ると、ロザリーと子供三人もルカと同じように、縛られた状態で床に倒れていた。
起きているのはロザリーだけで、子供はまだ眠っていた。
暗くてはっきりとは見えないが、場所は昨日の夕方に案内された応接室のようだ。
「はい、行方不明とされた者には、私が進めている研究に協力してもらっています」
マヌエルの声は少し遠くから聞こえた。
周囲に他の気配は感じない。
状況的に、最早マヌエルが主犯ということでほぼ確定だろう。
あれからマヌエルが一人で全員を縛り、ここへ移動させたのだろうか。
あるいは、ルカが察知できなかっただけで他にも協力者がいたのだろうか。
「研究?
では、孤児院経営はそのための隠れ蓑だったと……まさか最初から?」
ロザリーは気丈に振舞ってはいるが、声の奥に不安、恐怖が感じられた。
「ええ。
むしろ教会運営からしてそうです。
おかげ様で一つの研究成果が出せて、ビジネスパートナーが見つかったところです。
失踪事件のカバーストーリーも用意できたので、これから動いていくために人事変更を考えていました。
丁度冒険者が周りを探り始めたので、いい機会だと思いまして」
冥途の土産とでも言うつもりか、マヌエルは続けて満足げにこれまでの経緯について話している。
要するに、ロザリーは事件に無関係で、これからも活動をしていくのに都合が悪いので、お役御免らしい。
今捕まっているルカ達は、研究とやらに利用されるのだろうか。
ビジネスパートナーとやらは盗賊のことか?
それとも別の相手がいるのだろうか。
ルカが情報を整理していると、皮肉にもマヌエルが答えを口にする。
「ああ、そういえば盗賊退治に向かったあの冒険者の帰りは期待しない方がいいですよ。
パートナーが送ってくれた実行部隊が、少し前に現れていた盗賊への背乗りを終えています。
今後私に協力してくれる腕利きの方々で、Cランク程度の冒険者では相手にならないでしょう。
あなたの代わりのシスター役もその内の一人が務めてくれることになっていますのでご安心を」
可能ならこのままランツの到着を待とうと考えていたルカの考えは粉砕された。
ただの盗賊だと思っていた連中が、統率された集団に入れ換わっているらしい。
ならばむしろ時間が経つほど状況が不利になりかねない。
頭痛は治まりつつあり、必要最低限の情報は得られた。
自分が起きていることに周りは気付いていないはず。
ルカはランツの生存を祈りつつ、脱出のための行動を開始する。
縄が擦れる音さえ気取られかねないと細心の注意を払い、呼吸を整える。
意識を集中させ、手と足を縛っている縄に向ける。
そこから一瞬だけかまいたちを発生させるイメージを思い浮かべ、角度に気を付けつつ意識の先に解き放つ。
結果、音もなく縄が切断される。
魔術。
扱える人間が非常に少ないとされる、ルカの隠し玉。
というより、最近使えるようになったばかりで練度が低く、不意打ちくらいでしか使えないのだが。
それでも、こういった窮地を脱出するのに大いに役立ってくれる。
続いてマヌエルの対処。
小柄な初老の男性くらい何とでもなるだろう。
武器は没収されているため、このまま魔術で行動不能にさせる。
再び意識を集中した後──
「ふっ!」
不意を突くように起き上がり、マヌエルの下半身を目掛けてかまいたちを放つ。
「何!?
ぐっ」
不意を突かれたマヌエルは反応が遅れ、放たれたかまいたちがマヌエルの左大腿部外側を深く抉った。
顔を苦痛で歪めながらしゃがみ込み、ルカを睨みつける。
「色々教えてもらったところすみませんね。
殺すつもりはないんで大人しくしてもらえると助かります」
ルカはマヌエルから注意を逸らさず、ロザリーに近づき縄を解く。
「あっありがとうございます……」
「子供たちの縄を。
それからすぐに逃げましょう」
そう伝えてマヌエルから子供たちへと視線を逸らした一瞬の後、腹部に大きな衝撃を受け、ルカの視界がブレる。
「ッ……!」
勢いのまま壁に叩きつけられたルカは、骨こそ折れていないが息ができず、すぐには動けない程度にダメージを受けていた。
信じられないものを見るように、攻撃してきた相手を確認する。
マヌエルが、凄まじい速度で距離を詰め、体格からは想像もつかない膂力でルカを殴り飛ばしたのだ。
大腿部を見ると、血の跡があるだけで傷が見当たらない。
マヌエルも魔術を使い回復したのだろうか?
いや、直前まで注視していたがそんな素振りは見なかったし、何よりあの傷を一瞬で治せるとは思えなかった。
だが、現にマヌエルの傷は見当たらず、負傷を感じさせない動きで攻撃してきた。
「やれやれ、まさか魔術が使えるとは。
ただの若い体と勘定していたが、それなりの掘り出し物のようだ」
マヌエルは値踏みするような視線を向けつつ、ルカへと歩み寄る。
楽勝と高を括っていたマヌエル相手に膝を着かされ、ルカは混乱の最中にあった。
あの体格に不似合いな身体能力はなんだ?
何故傷が治っている?
どうすれば回復されずに済む?
殺すしかない?
そもそも勝てるのか?
考えが堂々巡りする中で、マヌエルがルカの目の前まで近づく。
「もう少し寝てなさい」
そう言いながら、勝ち誇った顔で右手を伸ばし、ルカの首を掴む寸前。
ルカの視線の端を光が走り──
「ぐおっ!?」
マヌエルの手の甲に小さなナイフが突き刺さった。
ナイフが飛んできたであろう方向を見ると、硬質な靴音を立て、一人の男が影から姿を現した。




