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中年の忠告

 その日の夕方。

 宿へと戻っていたルカは、交渉から戻ってきたアンディに誘われて夕食へと出掛けた。

 どんな店に入るのかと考えながら歩いて行き、辿り着いたのは街外れの鄙びた酒場だった。


「あったあった。

 お互いこういう店の方が落ち着くでしょ」


 アンディが振り向きながらそう言い、中へと入っていく。

 学術都市という環境のため、比較的静かだった街中とは打って変わり、中は喧騒に満ちていた。

 薄暗い照明の下で、ガラの悪い連中が酒を呷っている。

 アンディの言う通り、客層は良くないがルカもこういった雰囲気には慣れている。

 お高い店に連れていかれるのかと身構えていたが、気楽に過ごせそうだ。

 端の方の席に着き、軽く料理と飲み物の注文を済ませた後。


「で、アランさんの方の話は進んでるんですか?」


 ルカがアンディの状況について確認する。

 この街を訪れている最大の目的だ。

 アンディはルカのアラン呼びに頷いた後に、首を振った。


「いやぁ、手応えなしだね。

 ある程度予想はしてたけど、条件の問題じゃなさそうに感じた」

「じゃあお相手は何でゴネてるんです?」

「どこかから圧力掛かってるんじゃないかな。

 うちと取引するなって」

「圧力?」


 そんなことをして何の得があるというのか。

 アンディは運ばれてきたエールに口を付け、顎をさすり出す。


「そもそもこの件は村長から相手に打診したらしいんだけど。

 その時はあちらさんも前向きだったって話なんだよね。

 それがここの魔獣騒ぎが起こった後くらいに態度を変えてきたんだってさ」


 呆れ顔で肩を竦める。

 言いたいことは大体わかった。


「魔獣騒ぎを起こしてる奴が嫌がらせしてきてるかもってことですか?

 わざわざそんなのに従うのもおかしい気がしますけど」


 今回の魔獣騒ぎでルクシャーナ、ひいては魔術師ギルド側も被害に遭っているわけで。

 状況的に黒幕と思えるような相手の要求を呑むとも思えない。


「普通ならそうだね。

 そうだったら世の中もうちょっと平和なんだけど。

 向こうの上の方も不祥事の疑惑が多くてさ。

 急所を握られてる可能性があるのかなって」


 そう聞いて、ルカはため息を吐く。

 またか、と。

 少し前、ナバリスで関わった問題でも、偉い立場の人間が悪事に関わっていた。

 たまたま連続しただけかもしれないが、受ける印象は悪くなる一方だ。


「でも、そうだとしてもどうするんですか?

 何か当てでも?」

「今はないねぇ。

 でも、上手く行けば今日明日で何か進展があるんじゃないかって思ってる」

「?

 どういうことですか?」

「希望的観測な面が大きいからまだ秘密ってことにしとくよ。

 で、そっちの方は?

 何か参考になりそうなものは見つけられたかい?」


 この話は終わりだと、話の矛先を変えてくる。


「いや、僕の方はちょっと……

 あんまりというか、むしろ全然ダメですね……」


 昼以降に詠唱を交えた魔術を試してみたが、得られるものはなかった。

 最終的には地元の子供に失敗を目撃され、恥ずかしい思いをしながらの戦略的撤退を余儀なくされていた。

 そんなルカの様子を見て、アンディは微妙な笑みを浮かべている。


「な、何ですかその顔は」

「え?

 ああ、ゴメンゴメン。

 昔、苦手なことを付け焼刃で対処しようとして痛い目見たことを思い出してさ」


 付け焼刃。

 ルカの行いはその一言に尽きた。


「ルカ、敢えて言わせてもらうけど。

 素人目に見ても、魔術というのは他の学問と同じで、長い期間学び、向き合っていくものだと思う。

 そりゃあ一部の天才は簡単に成果を出しているかも知れないけど、普通の人間は違う。

 半端な取り組みは、逆に危ない結果に繋がるんじゃないかな」


 その苦言は、ルカの心に突き刺さった。

 ぐうの音も出ない。

 だが、普通の人間とルカのスタート地点は異なっている。

 年齢通りの積み上げがないのだ。


「それは、その通りだと思います。

 けど、今、一から始めるには遅すぎる。

 できるだけ近道したかったんですけど」


 けれど、駄目だった。

 足掻いた後に残るのは酷い頭痛のみ。

 このまま行けば、アンディの言う通り良くない結果が待ち受けている予感がある。


「今回の交渉が上手く行けば、魔術に詳しい人が村に来てくれるっていうんだし、もうちょっと待ってくれないかな。

 近道するにしても、良い方法知ってるかもしれないんだし。

 今の状況からして期待しろっていうのも難しいかもしれないけど」

「はあ……」

「大体、何で魔術の腕を磨きたいって考え始めたのさ?」

「何でって……

 ちょっと前に何でか使えるようになってたので。

 使えたら便利だし、もっと上手くできれば村の役に立てるかもって」

「じゃあ魔術自体が好きとか、興味あるとかじゃないんだ」


 魔術そのものに対する感情。

 あまり考えたことがなかった。

 これまでは人に見せてはいけない力だと思い込み、考えること自体を忌避していたのかもしれない。


「……ちょっと前までは、勘違いもあって怖いものだと思ってましたね。

 今はまだ、整理がつかないです」


 ルカたちが入店してからも店内の客は増え、騒がしくなる一方だ。

 今、考えを纏めるのは難しく、曖昧な言葉を返す。

 アンディは手を付けていた杯を空け、おかわりを注文した後に腕を組んだ。


「ふむ。

 村のためとか、そう思ってくれるのはありがたいし立派だと思う。

 けど、無理して好きでもないことに取り組むのもどうかと思うよ。

 自分のためにも、良く考えた方が良い」


 ルカとしても、アンディの言っていることは正論だと思う。

 が、後半は中身のない説教の臭いが強くなってきたなと訝しむ。

 見れば、大して飲んでないのにアンディの顔は赤くなっている。

 このまま言わせていると、面倒くさいことになりそうだ。

 正論とは言え、痛いところを突かれてちょっとした反抗心も芽生え、言い返すことにする。


「じゃあアランさんは自分の言うようにやって来れたんですか?

 昔……スゴイランクの冒険者だったらしいですけど、辞めちゃったらしいですね」

「アランって?

 ……ああ、僕か!」


 やはり酔っぱらっている。

 大丈夫かこのおっさん、というルカの視線を気にせず、アンディは話し始める。


「冒険者だったこと、知ってたんだ。

 うーん、じゃあ変に誤解されてもアレだし、少し昔の事を話させてもらおうかな」


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