ちょっとした疑問
黒ずくめの人物、ナーシュが冒険者ギルドに入って来た。
ふらふらとした足取りで、隅の方の席に座るや否や突っ伏す。
ルカがそんな光景を目で追っていると──
「彼女のことが気になるかい?」
その視線を、たまたま同席していた男、アンディに気付かれた。
「あ、すみません。
話の最中によそ見して」
この中年は、たまに近寄りがたい気配を醸している時以外は、何でも相談に乗ってくれる好人物だ。
話題によっては、聞きたいことの何倍もの情報量を叩き付けてくるのが玉に瑕だが。
「いや、しょうがないよ。
君くらいの年頃なら、こんなオジサンより可愛い女の子と話したいだろうしね」
本人に聞こえないようこ小声で会話を続ける。
「拗ねないでくださいよ……
そんなんじゃなくて、ちょっと気になることがあったので」
昼下がりの冒険者ギルドの一角。
一日の作業を終えたルカは、暇そうにしていたアンディと他愛ない話をしていたところだった。
「僕、たまに教会の座学に参加させてもらってて。
丁度今日、聖環教の歴史の授業で二百年近く生きてたっていう偉人の話が出て」
そこまで言ったところで、アンディが手で発言を制する。
自分で答えを出したいらしい。
数秒考えたところで、ポンと手を打った。
「それはあれか、『白蛇』と呼ばれる人物だね」
「……いえ、『白の聖女』って聞きましたけど」
あれ?と首を傾げる。
博識なこの男でも、宗教関係には疎いと見た。
ルカも別に宗教に興味があるわけではなく、たまたま参加した講義がそうだっただけ。
文字や文章の勉強になると思って見聞きしていた程度だ。
「ナーシュさんもああ見えて年を重ねてるって聞きました。
失礼かもしれないけど、そういう種類の亜人の可能性もあるのかなって思っちゃって」
亜人。
一般的に、二足歩行を基本とし、集団生活や独自の文化を持つ種族を指す。
友好的なものから敵対的なものまで幅広い。
人間に友好的な種族としてはエルフやドワーフが知られている。
しかし、実際に人間社会に溶け込んでいる例は非常に少ない。
一方で、敵対的と見なされることの多い種族も存在し、この付近ではゴブリンが代表的だ。
体格や寿命などは種族ごとに大きく異なる。
「その聖女様の事は知る由もないけど、ナーシュなら人間だよ。
あの見た目はアルビノっていう遺伝子疾患が原因らしい。
年齢は……どうなんだろうね。
確かに十年近く経っても外見は変わってないかな?
まあ、本人が語らないことの詮索はこの村ではやめた方がいい」
様々な経歴を持つ人間が寄せ集められた村だ。
現状は上手く纏まっているが、何が火種になるかわかったものではない。
「あと、亜人というなら以前ここにも居たんだよ。
ウルっていう奴なんだけど」
「ランツの相方だった人ですね。
亜人っていうのは初耳です」
何度か名前は聞いたことがある。
それ以外は、気性に難ありという話くらいしか聞いた記憶がない。
「赤い髪と瞳に浅黒い肌に、本人は隠していたけど尻尾があるって話だったかな。
本人の魔術なのか種族の特性なのかわからないけど、炎を扱うのが得意な男だったよ。
種族については本人もよく知らないって言ってたなぁ」
亜人はそのほとんどが外界の、特に魔族の脅威度が低い地域で暮らしている。
境界の拡張に伴って亜人と邂逅する場合、友好的に接することができれば問題はない。
だが、ここではゴブリン、北西の方ではオークやオーガといった種族と対立し、開拓の妨げとなっていた。
「僕も友好的な亜人と会ったことはほとんどないけど。
何かしら特徴的な人間との違いがある印象だよ。
本人が隠してなければ、だけどね。
でも、それを言ったら彼女の体形はちょっと気になるかな」
「あの、さっき詮索はやめた方がいいって……」
話し始めると本当に止まらなくなるから困る。
「いや、これはそんな大それたものじゃないから。
彼女、太ったり痩せたり……」
「そこまで。
女性のプライバシーを何だと思ってんの?」
突然外部から割り込んできた声に、二人の体が跳ね上がる。
その主は、音もなく近づいていたミリィだった。
「いや、これは……」
「言い訳無用。
全く、こっちも待たせて悪かったけどさ。
アンディさん、さっさと報告して」
蔑むような視線で睨みつつ、仕事の催促をされる。
暇そうに見えていたアンディは、ミリィのことを待っていたらしい。
「それじゃ、僕はこの辺で……」
仕事の邪魔をしたら悪いと思い、ルカは退席の意を伝える。
他意はない。
「ちょっと待った」
そんなルカを引き留めるアンディ。
逃がさないとでも言うつもりか。
「僕の今の仕事、この近くの盗賊のねぐらを調べるって内容なんだ。
事の発端として、招かれざる客が紛れ込んでる疑いがあるってことでね。
君も、念のためしばらくは注意した方がいい」
先ほどまでのだらしなさが一転、まじめな顔つきで忠告される。
ルカはその忠告に頷き、ミリィの冷たい視線から逃げるように冒険者ギルドを後にした。




