城塞都市ナバリス
冒険者捜索から半月と少し過ぎた頃。
機械の件について調査するための、村長の手回しが完了したということで、ランツとルカはナバリスへと向かうことになった。
事前にナバリスへ向かうという行商人の護衛を兼ねて、馬車に乗り込む。
アランダ村からナバリスへは、すぐ東を流れるバンダ川に沿って南下していくのが最短経路となる。
ただし、川幅が広いとはいえ対岸は境界外。
渡って来る魔族や亜人に襲われる可能性は少なからず存在する。
その為、大抵は安全を取り、少しばかり迂回するルートが取られる。
途中野盗を撃退しつつメニーゼフ領から南に隣接するフェルモネ領へと渡り、移動すること計十二日。
目的地の大きな城壁が見えて来る。
城塞都市ナバリス。
人類圏の東側で境界外の探索が最も盛んな街。
その恩恵を南に面した海から船で内側に届ける港町でもある。
城門の検査をパスし、行商人に挨拶をして別れる。
「すんごい城壁だねぇ。
……ん?」
生まれてこの方、城塞都市どころか大きな街すら目にしたことがないルカは、その威容に圧倒される。
その隅で、巨大な鉄棒の先に台のようなものを吊るした物体が動いていた。
台に石を載せて、上へ上へと持ち上げている。
「ランツ、あれ何?」
「あん?
あー、機械の一種じゃねえかな」
「へえ、あんなのが実際に動いてるんだ!
後で見に行ってみよ。
そういえば村の東側には壁とか設置しないの?」
労働力等の問題はあるだろうが、今考えると何かしらの備えはするべきなのではと思う。
「昔は一応石や木で壁を作ったりはしてたけどな。
魔獣以上が相手だと紙切れみたいに吹っ飛ばされて割りに合わねえからやめちまった。
こっちは魔獣すらあんまり出て来ねえから城壁作っときゃ十分役立つんだろうよ」
聞けばこの周辺の主な脅威はゴブリンの群れらしい。
上位種の数が多く、アランダ村周辺とは勝手が異なるようだ。
「宿は西の方に取る予定だ。
冒険者ギルドは中央にあるからそっちから行くぞ」
「何で西の方?」
現在地は北側であり、帰るときも北から出ることになるだろう。
ならば北か、ギルドに近い中央の宿の方が都合がいいのではないか。
「知り合いがそっち側にいるらしい。
村の開拓にも関わってた奴で、そいつに渡すもんがある。
別にお前は適当なとこの宿でもいいが、何かあったときに近い方がいいだろ」
先に荷物を置いて一休みしたかったルカだが、歩き出すランツに慌てて付いていく。
街に入ってから潮の香りが漂っていたが、それに香辛料の刺激が加わり鼻をつく。
北の端から中央に続く大通りは店や屋台が途切れることなく、通行者の数も多い。
これまで訪れて来た場所とはまるで違う、未経験の賑やかさだった。
「村の人にお土産買おうと思うんだけど何がいいかな」
「さっきから観光気分かよ……」
「実際村長に観光するのも良いって言われたし」
客引きの声を聴きながら人混みを掻い潜り、中央広場へ。
そこから南方面には海が見え、北側よりも多くの人数がごった返していた。
二人は広場の一角にある冒険者ギルドに到着。
その豪奢さはアランダ村のそれとは比ぶべくもない。
様々な様相の人物がその建物を出入りしている。
中に入ってまず目に入ってくるのは、数十人はいるであろう冒険者。
その何割かが、値踏みするような視線を向けて来る。
アランダ村へとやって来る冒険者に慣れたルカからすると、その平均レベルは一つ落ちるように感じた。
ガラの悪い人物も少なくないが、特に気にせずカウンターへと向かう。
複数ある受付の一つで、職員に昇格試験を受けに来たことを告げて経歴書を提出する。
ルカのDランク、ランツのBランク共に、試験は四日後にあるらしく、それまでに書類を確認しておくと言われた。
「数日分くらいの金は大丈夫だよな?
危なそうなら貸すが、それとも何か依頼受けとくか?」
「いや、お陰様で稼がせてもらってるし心配ないよ。
それに色々見て回りたいしね」
ちらりとだけ依頼掲示板を見ると、はみ出さんばかりに依頼書が貼り出されていた。
少しその内容が気になりつつもギルドを後にする。
中央から西に伸びる大通りを歩いていると、後ろに気になる気配を感じた。
「これ尾けられてんのか?」
「下手くそすぎて信じたくなかったけどそうみたいだねぇ」
一応気付かれないように、歩いたまま相談する。
「心当たりある?」
「なくはないが、直接聞くに越したことはねえな。
一応用心しとけ」
そう言って横道に逸れる二人。
栄えている街だからこそ、表から少し道を外すと一気に治安が悪くなる。
薬物だろうか、色々と危ない様子の人間が何人か道端に座り、或いは寝転んでいる。
ゴミが散乱した日陰の裏路地を進み、少し開けた場所でランツが足を止めて振り返った。
するとすぐに後を付いてきた集団が姿を現す。
ごろつき紛いの男が五人。
「冒険者か。
何か用か?」
ランツがそう言うのでルカが改めて男達の首元を見ると、確かに冒険者の認識票がぶら下がっていた。
Cランクが三人にDランクが二人。
「兄ちゃん達、この辺じゃ見ねえ顔だったからな。
この街は物騒だから注意してやろうと思ってよ」
絵に描いたように下卑た笑いを浮かべるごろつき擬き。
「あー、つまりカツアゲってことね……」
曲がりなりにも中堅どころの冒険者がこんな体たらくとは、と幻滅するルカ。
村での経験がなければ萎縮していただろうな、と心の中で苦笑する。
「誰かに頼まれたんじゃねえなら見逃してやるから失せろ」
「デカイ口叩くじゃねえか木偶の坊」
指で耳の穴を穿りながら軽くあしらおうとするランツの態度に腹を立て、ごろつきがランツに詰め寄る。
その無警戒な男の腹に、右の拳がめり込んだ。
「っゲェェ!!」
腹を抱えて吐瀉物を吐きながら倒れ込む男。
「野郎、やりやガボッッ」
身構えた二人目の腹には前蹴りが見舞われ、バウンドしながら転がって行った。
「この野郎……!」
残った三人が武器を抜く。
「武器を持ち出すんなら手加減はしねえぞ」
「うるせえぇぇ!!」
後には引けぬと、激昂した男が剣を振り上げて突進する。
それに合わせ、後ろの二人がランツへとナイフを投げた。
ランツは向かって来るナイフ二つの柄を事も無げにキャッチ。
右手のナイフは元の持ち主へと投げ返し、左前腕部に突き刺さる。
向かって来た男が振るう剣を左手のナイフでいなし、空いた右手で顔面を殴打。
「う、嘘だろ……!?」
鼻血と折れた歯を撒き散らして吹き飛ぶ男を呆然と眺める最後の一人の頭を握り、壁に叩きつける。
交戦開始から三十秒と経たず、五人のごろつきは地に伏していた。
「鮮やか~」
改めてその手際に関心するルカ。
その外見から膂力に目が行きがちなランツだが、周囲の観察力と精密な動作も相当なものである。
「手伝う素振りくらい見せろよ……」
ランツは見ていただけのルカに小言を言いつつ、唯一意識のある、左手にナイフの刺さった男に向き直る。
すると彼は情けない声を上げながら頭を地に擦り付けた。
「す、すまねえ、俺らが悪かった!
金輪際あんたに手は出さねえから許してくれ!」
ランツはその男の目の前にしゃがみ込み、落ち着いた様子で話しかける。
「何で俺らを尾行してた?」
「ギルドで、あんたらがそこそこ、か、金持ってそうな話してたから、強請ろうかと」
普段の口調と同じだが凍るような冷たさを感じるに口調に、男は過呼吸気味に答える。
本当にただの短絡的な行動だったようだ。
「俺はお前らみてえな屑はそこまで嫌いじゃねえんだぜ。
イラつかされた後に殴ると爽快だしな。
金輪際なんて言わずにまた喧嘩売って来いよ。
次は優しく寝かせる程度じゃ済まさねえけどな」
「ランツ、脅かすのもその辺にしてそろそろ宿探そうよ……」
横から宥めに来たルカの言葉に男が反応し、その顔に浮かんでいる恐怖が更に深いものになる。
「ランツ……?」
……あんたまさか、ガルムの片割れの狂犬……」
『ガルム』に『狂犬』。
突然の単語に何事かと思っていると、ランツの眉間に皺が入った。
「誰が狂犬だ……!」
男の頭を掴み、床へと叩きつける。
そして深呼吸の後に立ち上がった。
「大丈夫?
怪我はないだろうけど……って、臭ッ!」
「大丈夫じゃねえよ、足にゲロ浴びちまった」
ランツの機嫌が多少直っていそうなことに安堵する。
聞きたいことはあったが、今はやめておこうと判断した。
「ほら、早く宿探そう」
「おい逃げんな」
街について早々のトラブルである。
この後のナバリス滞在中も厄介事は避けられないだろうと、確信めいた予感があった。




