村の考古学者
いつもの様に森の巡回を終えたルカが報告の為にギルドに寄ると、珍しくロザリーがギアースと話をしていた。
急ぎでもないため、隅の方の椅子にでも座って話が終わるのを待とうとすると、ギアースが気付いて手招きをする。
「お疲れ様です、何ですか?」
「ああ、お疲れ。
酒場のあの席に座って話してる男がいるだろう」
ギアースが視線で指し示す方を見ると、テーブルを挟んで二人の男が話し込んでいる。
一人は草臥れた冒険者風の中年。
もう一人は対照的に、小綺麗な身形の商人のような中年。
商談中なのか、テーブルの上には様々な物品が並んでいた。
「あの冒険者といった見た目の方が、何度か説明したアンディという男だ」
「ああ、何ヶ月も探索に出てたっていう」
この村の用心棒であり、知りたいことがあればこの人に聞けとよく言われる人物。
「先ほど村に帰ってきたんですって。
折角なので挨拶させてもらおうと待ってたんです」
「なるほど、ついでに僕もご一緒させてもらおうかな」
そのまま三人で世間話をしていると、話が終わったのか商人風の男が立ち上がり、礼をして酒場を出て行った。
ギアースに先導され、片付け中のテーブルへと向かう。
「アンディ」
「やあ、ギアース。
さっきからこっちを伺っていたようだけど、その二人は僕のお客さんかい?」
ぼさぼさの赤茶けた髪をウエスタンハットで押さえ付けた中肉中背の中年が、無精髭の冴えない笑顔を向ける。
温和な物腰に、ルカとロザリーの僅かな緊張が弛緩する。
「こいつらが少し前にこの村で暮らし始めた、ロザリーとルカだ」
「ああ、さっき村長から少し話を聞いたよ。
遠出してて挨拶が遅れてすまないね、考古学者の真似事をしてるアンディという者だ」
帽子を取って軽く頭を下げる。
曲者の少なくないアランダ村の住人ということで身構えていたが、ごく普通の礼儀正しい人物のようだ。
この村の用心棒でもあると聞いているが、とてもそうは見えない。
とはいえ、ナーシュと言いジャックと言い、そう見えない人物の方が多いのだが。
「まあ座って。
ミリィ、お茶を頼めるかい」
まだギルドの仕事中なんですけど、と軽い抗議をしつつもミリィが注文を受け付ける。
二人は軽い挨拶で済ませるつもりだったが、折角なので交友を深めることにする。
ギアースは何も言わずにギルドのカウンターに引っ込んでいった。
「これ、アンディさんの探索の成果ですか?」
「移動距離の都合上、少ししか持ち帰れてないけどね。
さっきの話し相手が何度か付き合いのある人で、戻ってきて早々見てもらっていたんだ」
ロザリーが興味深げにテーブル上の品を眺める。
全て損耗が激しいが、本や鉄の箱、果ては機械のようなものも並んでいた。
「相当奥まで行かないとこういった物は残ってないんでしょう?」
「ここ十年くらいで近場は粗方調査済みだからね。
奥は凶悪な原生生物や魔族なんかもうようよしてるけど、新しい発見の喜びには代えられないさ」
そう、この男はたった一人で何ヶ月も境界の深部を彷徨っている。
「僕も数日前に探索に出て初めて魔獣と遭遇しましたけど、とんでもない化け物ですよね。
魔族が原因で昔の文明が崩壊したというのも少し理解できるくらいでした」
ルカがそう言うと、アンディは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「君も歴史に興味があるのかい?
魔族の恐ろしさはその通りなんだけど、深部の遺跡を見ると旧文明の科学力というのも信じられないレベルだったみたいなんだ。
いくら当時の魔族の個体数が圧倒的だったとしても、遅れは取らない戦力だった筈。
何か他に原因があって人類の敗北に繋がったと考えているんだけど、その答えに繋がるような都合の良い資料も中々なくてね。
考察すればする程知りたい事柄が増えて行って、奥へ奥へと進んでいってしまうんだけど────」
そこからは一人で興奮したように早口で捲し立てる。
どうやら相当な蘊蓄家だったようだ。
止まらない暴走に二人が目を合わせてどうしようかと考えていると、食堂の奥から怒声が挙がった。
「アンディ!
お客さんとの交渉だからって目を瞑ってたけど、もうすぐ夕飯時なんだ!
その小汚い格好でいつまでも居座ってんじゃないよ!!」
女将である。
さしもの考古学者兼用心棒も彼女には頭が上がらないのか、平謝りしてそそくさとテーブルの片付けを再開する。
「申し訳ない、この話はまた今度させてもらおうかな。
それに良ければ今度、一緒に奥の方の遺跡にでも探索に行こう」
「そ、そうですね……
機会があって、それ相応の実力を身に付けたら是非……」
なんとか会話を切り上げたルカとロザリーが冒険者ギルドのカウンターに戻ると、ギアースとミリィが苦笑して小声で話しかけて来る。
「あのおじさんの口が回り始めると長いから、用事のある時は気を付けなよ」
「そ、そうですね、時と場合を考えるようにします……」
「でも話自体は面白そうだよね」
「だったらお前が時折話を聞いてガス抜きしてくれると、あいつも村の人間も助かる」
ふと振り返ると、後始末を終えて酒場を出て行こうとするアンディ。
先ほどまでの穏やかな雰囲気はなく、近寄りがたい何かを感じさせる後ろ姿だった。




