はじめての境界外探索
捜索の話があった翌日、いつも通りボロルマと西の森に入り、時計回りに村の北側へと巡回する。
「そういえば昨日村長から冒険者捜索の話があったんですよ。
境界外の雰囲気を掴んだ方がいいって」
獲物の痕跡や気配がなく、手持無沙汰なので何気なく昨日のことを聞いた。
「ああ、お前に振った件か。
この歳になると野宿がキツくてよ、手間掛けるな」
「えぇ……」
身も蓋もない、隠そうともしない直球。
昨日の村長の話は場を取り繕った方便だったようだ。
「まあ良い経験になんのは確かだろ。
珍しい機会だし、ランツとレジーナがいりゃ滅多なことは起こらねえ。
お前の気配察知能力は中々のもんだし、難しいことは考えねえで普段通りにやりゃ大丈夫だ」
ルカの五感および第六感は、世辞を嫌うボロルマが認めるレべルに優れていた。
そしてレジーナという人物が、先日この村に戻ってきたという用心棒らしい。
「そのレジーナさんってどんな人ですか?
まだ会ったことなくて出発前に挨拶したいって言ったんですが、村長にお茶を濁されたんですけど」
顔すら合わせていないのに当日チームを組めと言われても困るのだが。
何か考えがあってのことだろうか。
「守銭奴で口が悪くて男癖も悪い。
だが腕は間違いねえし、金のためとはいえわざわざこんな村に付き合ってくれてる。
悪い奴じゃねえだろう」
これまた身も蓋もない。
ボロルマがそういうのであれば、かなり難しい人物なのだろう。
後半のフォローを信じるしかない。
結局その日の巡回では収穫なし。
早めに村に戻り、明日に備えることになった。
消耗品の補充や装備の点検を念入りに行い、いつも通り夕方に冒険者ギルドに寄る。
活動報告を終えると、ギアースが状況を伝えて来た。
問題の冒険者が戻ってくる気配はないらしい。
よって明日朝一にここで集まって捜索に出てくれ、ということだった。
その後、早めに夕食を摂って宿に戻り、不安を胸に就寝した。
東から太陽が昇り始める頃。
ルカは人影の少ない中央広場を通り、冒険者ギルドに入る。
早めに到着したつもりだったが、一階には既に村長とランツの姿があった。
「すみません、遅くなりました」
「おうおはよう。
遅くはねえよ、もう一人も来てないしな」
三人で雑談を始めて間を置かず、冒険者ギルド側の扉が開いて一人の妙齢の女性が入って来た。
長く真っ直ぐな黒髪をポニーテールの形で後ろに垂らした、すらりとした長身。
噂の人物、レジーナだろう。
男性陣の姿を見るなり踵を踏み鳴らして歩み寄って来るが、ルカを見るなり怪訝な表情になる。
「誰こいつ?」
開口一番、ご挨拶である。
誰、というのが単純な誰何でないと察したルカは、何と答えるか考えあぐねる。
「ルカって新入りだ。
今回は偵察できるような奴が空いてなくてな。
こいつに協力してもらうことになった」
村長が横から今更すぎる説明をする。
ルカがチームに加わることについて事前に話を通していなかったようだ。
ランツは事の成り行きを面白そうに眺めている。
「はあ?
イビーが居るんじゃなかったの?」
「あいつは一ヶ月前に別用で出てってしばらくは戻って来る予定なしだ」
レジーナと思しき女性は、呆れたように顔を覆って天を仰ぐ。
そして改めて冷たい視線をルカに向けた。
「Eランク冒険者って冗談でしょ。
そもそもガキじゃない。
マジで代わりはいないの?」
ルカとしては針の筵だが、言っていることには同意する。
立つ瀬はなくなるが、もっと言ってやれと応援したいくらいだ。
「人手不足はお前さんも重々承知だろ。
こいつはボロルマの下で仕事を手伝ってて、あいつのお墨付きもある。
捜索っつってもまだ浅いところだし、多少のことはお前らでカバーできるだろう」
そのお墨付きは村長の方便に過ぎない。
普段通りにやれば大丈夫とは言われたが。
「何で直前に言うのよ……
生え際の後退と一緒にボケて来たんじゃ──」
「今からごねる毎に報酬一割減額だ」
食い気味に冷たい声で警告が発せられる。
今のは村長にとって逆鱗のようだ。
後ろでランツが肩を震わせて笑いを堪えている。
「私はレジーナ。
何かあれば私達でフォローするから、勉強と思って臨みなさい」
何事もなかったかのように、引きつり気味の爽やかな笑顔でルカに右手を差し出す。
その右手に恐る恐る握手をする。
「は、はあ……
ルカです、至らない点も多いですがよろしくお願いします……」
レジーナも不満は多いだろうに仕事を投げ出さないのは、責任感か報酬の良さに惹かれてか。
村長が直前まで二人に顔合わせをさせなかったのも、不満が漏れ出る前になし崩しで出発させるためだろう。
「目標地点を確認するぞ」
不機嫌なまま、村長がテーブルの上に地図の写しを広げながら状況を説明する。
村から東方向に、横長の歪な楕円が広がるように地形が記されている。
「今回は大体ここから東南東に50km程度、この辺りまで行って帰って来るってルートだ。
ほとんど森を突っ切ることになるが、高低差は少ない」
村から地図東端の1/4程の位置に丸印が付けられている。
「魔獣との遭遇頻度が上がる直前ってくらいの場所だな。
ここまで直進してこいつに反応が無かったら捜索中断、戻ってきてくれ」
そういってテーブルに方位磁石のようなものが置かれる。
「ルカにも一昨日説明したな。
適当に『捜索石』って呼んでる。
例の鉱石を加工したもんで、外の魔力濃度なら2~3kmくらいの内に対象があればそっちを指す。
他は事前に説明した通り。
何か質問あるか?」
実働の三人から声は挙がらない。
「じゃあ準備が良ければとっとと出発だ。
ルカはお前らの戦い方を知らないだろうから、進みながら軽く説明、実践して見せてやってくれ」
そうして三人は村東のバンダ川に出る。
それなりの川幅があるため、村側に片開きの跳ね橋が設置されており、境界を出る時にはこれを利用する。
見張りの自警団に用件を告げ、跳ね橋を下ろしてもらい川を渡る。
直後、これまでとは空気が変わり、何とも言えない重圧を感じた。
ルカにとっては初めてとなる、境界外探索の開始である。




