アランダ村_6
ランツは教会関係者の宿舎の一室で、エルディナと向かい合っていた。
用件はもちろん、リミエヌル失踪事件の報告。
「じゃあ、起こったことを詳細に教えてもらおうかね」
「ああ、大体は事前にあんたから聞いた通りの状況だった。
差し当って、俺が見聞きしたことを簡単に話すぞ」
そうしてエルディナに、リミエヌルでの一連の出来事を伝えた。
教会に赴き、神父に会ったこと。
そこでルカという冒険者と出会い、仕事を手伝ってもらったこと。
自身は神父が手を伸ばした範囲を確かめるために盗賊の様子を見に行き、教会の動きをルカに見張らせたこと。
盗賊が別の手練れに成り代わっていて、制圧したが自害されたこと。
教会に戻ると神父がルカ、ロザリーに襲い掛かっていたこと。
それも制圧し、地下室に逃げ込まれて自爆され、教会が崩壊したこと。
重症を負ったルカをロザリーが治した点には触れなかった。
ランツはエルディナというシスターについて九割は信頼しているが、一割の疑心を残していた。
彼女はこの村に暮らす住人という立場の前に、聖環教から派遣されたシスターである。
有事の際には村より聖環教を優先する可能性がある、と考えている。
そのため、住人にとって不都合となるような情報は極力漏らさない。
「教会の跡地は弄らないよう、村の役人に言っといた。
調査の人員はもう派遣してるんだよな?」
「あんたが予定通り仕事を終わらす前提で、すぐ現場に到着するよう手配してあるさ。
現地の教会が全壊してるなんて想定してないだろうけど、なんとかするだろ。
にしても危ないところだったかもね。
もう少しで奴の研究の成果が連中の手に渡るところだったよ」
連中。
神父が手を組んでいた、盗賊に成り代わっていた集団の大本ことだ。
「既に潜伏してるって可能性を聞いてたから余裕を持って対処できたが、そうじゃなかったらちょいと苦戦したかもな。
何つったか、ハートフル?」
真顔で間違いを口走るランツに、エルディナは呆れ顔を向けた。
「バカだね、心温まってどうすんだい。
ハーシリムだよ、黎命教過激派の」
黎命教。
聖環教と同じ信仰の源流を汲みつつも教義を異にする宗教。
古くから対立を繰り返し、こんな東の僻地でも火花をまき散らそうとしている。
「宗教間のごたごたに巻き込まれるのはゴメンと思ってたが、あんな外道共が相手たぁな」
「ハーシリムは特にイカれてるからね。
見境はないし、勢力を広げるために国同士で決めた禁忌も悉く破ってる」
「そんで聖環教でも禁忌に触れた汚点であるモーガンに接触してきた、か……」
この村もようやく一年前の事件から立ち直り落ち着いてきたというのに、頭が痛くなってくる。
「言っとくが、宗教問題だけじゃないからね。
そもそもこの国とヨルムートは険悪だ。
国の指示でハーシリムが動いてる可能性もある」
ヨルムートはヴェロンダルの南西に位置する大国にして黎命教の本拠地。
百年以上前に北にメルベリア、東にヴェロンダルと、境界を押し広げて二か国が興ったことにより、境界に面さなくなった国である。
当初は人外の敵勢力に晒される危険性が減ったことを喜んでいたが、境界外で新しい遺跡や資源が次々と発見される状況に掌を返した。
二つの新興国に宗教が根付いていないこともあり、宗教的な面でも何度も戦争を仕掛けた過去を持つ。
「当然、この村の特異性にも目を付けて来るだろうよ」
「そういや三日前、魔獣が村の近くに出たってな。
都合よくイビーが村から出た後に」
先程村長から聞いた話を思い出す。
タイミングよく村の防備が薄くなったところに、この近くではあまり見られない魔獣の出現ときた。
「それに連中が関わってるかって?
そりゃないだろ、イビーがベックに付いてくのは当日決まったことだよ。
それに都合よく魔獣を連れて来れるものでもないし、何の目的があってそんなことするって言うのさ」
「旧文明の機械の一部には魔族を引き寄せる特性があるって言うだろ。
それで村の戦力を確かめるとか、潰して国の戦力を分散させるとか」
アランダ村は境界開拓の場であると同時に、外から来る脅威を退けるための防波堤でもある。
この村が興る前は、他と比べて川幅が狭くなっているこの周辺から散発的に魔族、亜人が侵入し、被害をもたらしていた。
「可能性が無いとは言えないが、リスクとリターンが釣り合わないと思うね」
「まあ、そうだな」
ランツも何気なしに頭を過った疑惑を口にしただけだったため、疑念はそれで鎮火。
「村に被害はなかったのか?
ナーシュ一人で相手したって聞いたが」
「ああ、早めに察知できたから川を渡る前に対処してくれた。
特には大きな騒ぎもなかったよ」
そう聞いて安心した。
被害がなかったこともそうだし、彼女は無闇に人目に付くことを嫌う。
「ったく、ハーシリムなんてのが出張ってくるならあんたんとこもご自慢の聖騎士の一人や二人寄こしたらどうなんだよ。
確信犯の狂人には同じ種類の人間をぶつけるべきだろ」
「聖騎士がこの村の無宗教っぷりを見たら黙っちゃいないと思うがね」
「……そりゃあ困る」
この村の住人は干渉を嫌う人間が少なくない。
聖環教に対して特に良い印象も持っていないこの村にエルディナが馴染んでいるのは、布教に関心が薄いという部分が大きい。
下手に熱心な宣教師が来てトラブルをまき散らされるのは御免である。
「話を戻そうか。
ルカってのが色々と手伝ってくれたってのはわかった、リミエヌルに居たのも偶然だろう。
だがロザリーってのは大丈夫なのかい?
思惑を持ってこの村に紛れ込んだ可能性を排除できないんだけどね」
エルディナの言いたいことはランツも理解していた。
ロザリーは元々モーガンの下で働いていた人間である。
実はハーシリムあたりに属する人間で、機転を働かせてこの村に潜り込んだのではないかとでも言いたいのだろう。
ルカを助けた経緯も鑑みればその可能性は極めて低いと判断しているが、それをエルディナに伝えることはできない。
「俺は信用できると思ってる。
今は村長と話してるだろうが、それであの爺さんもOK出すんなら疑ってるあんたが直接見て判断してくれ。
どうせ連れて来たガキの事もあるし、この宿舎に住む方向になるんじゃねえかな」
「それでもし私がそいつに殺されたら、どう責任取ってくれるんだい」
「はっ、あんたも面白い冗談言うようになったな」
簡単に殺されるようなタマじゃないだろう、と鼻で笑う。
そうして失踪事件の報告は完了した。
新たな厄介ごとの可能性を予感しながら。




