第二話 同部屋の友人
色白の肌に細く整った眉、琥珀色の目は切れ長で、すっと伸びた鼻梁も薄い唇もどこもかしこも完成された美しさだ。
しなやかな肢体はとにかく姿勢がよく聖者クラスの修道服に似た制服の禁欲的な雰囲気がよく似合っていた。
「宣誓、我々聖者クラス一同は-----」
女子にしては低い声は聞き心地が良く、あの声で信仰について諭されれば僕でさえその日から敬虔な信者になれてしまいそうだ。
「彼女は元々リンデロンの男爵家の生まれなんだよ。爵位は低かったけれど父親がかなり信心深い人でよく中央の大神殿に祈りに行っていたんだ。そこで娘である彼女が大神官の目に止まったらしいよ」
「へぇ」
プラチナブロンドくんがまたも教えてくれる。
リンデロン、それは僕の母国でもある。話しかける口実がすでにあるとはこれはもう運命かもしれない!
短いスピーチを言い終え、エレクトラが席に戻り終えると次は賢者クラスの代表生徒が呼ばれた。
「賢者クラス、新入生代表パルム・グレイノア」
よしよし今度も女子だ!
どうせなら女子とパーティーを組みたい僕はパルムという可愛らしい響き嬉しくなる。
彼女は僕より前の席に座っていたらしく、薄紫の髪をツインテールにした少女が立ち上がった。
それは見事なツインテールであった。高い位置で結ばれた二本の流れは毛先に向かってウェーブがかかり、腰の位置までに留まっているがストレートにしたらきっと膝丈ほどの長さがあるだろう。その艷やかな髪が歩きに合わせてふわりふわりとたなびく様はゴージャスである。
彼女が演説台に登りきりその横顔を見たとき、僕は少し意表を突かれた。
少女趣味な髪型から勝手に顔立ちも可愛らしい系で想像していたのだが、少し違った。
髪よりも濃い紫の瞳は気の強そうな猫目をしており、釣り眉なのも相まって他者を寄せ付けない印象受ける。少し暗めな大ホールの中で燭台の明かりを反射する紫水晶の目は自ら発光しているのではないかと思うほどギラギラと輝いて見えた。
賢者クラスの黒を基調としたローブ型の制服も相まってなんだかノワールな雰囲気だ。
けれども小さな口元だけは目力に反比例するように可愛らしい。
「彼女はアステラの伯爵家出身のご令嬢だよ。僕も同じ国の出身なんだけど奇跡の才能が突出していることで有名だったんだ」
アステラといえば七王国で最も国力があると言われている大国である。
爵位でいえば辺境伯である僕のほうが上だが、リンデロンの辺境伯とアステラの伯爵では圧倒的に後者のほうが上だろう。
リンデロンとて七王国の中では二番目の地位だが一位と二位にはそれだけの差があるのだ。
「宣誓、我々賢者クラス一同は------」
淡々とした声でスピーチを終え、パルム・グレイノアは席に戻っていく。
次はいよいよ我が聖騎士クラスの代表生の番だが、はたしてどのような人物だろう。
「うちのクラスの代表生は少々異色だよ」
プラチナくんがそんな事を言う。どういう意味だろうか?
「聖騎士クラス、新入生代表ベルリ・ダン」
ダン、聞いたことがない家名がだそんなことはどうでもいい。女子ではなかったことが残念だ。だが同じクラスなのでパーティーを組むことはないのでまあよかろう。
演説台に上がりに行く後ろ姿は赤毛の背の高い少年、といった感じだ。
「彼はここ中つ国の孤児院の出身で、つまりは平民なんだ」
「へぇ、よっぽど優秀なんだ」
平民ということは僕ら貴族よりも厳しい試験を受けているわけで、その時点で僕らのほうが評価上有利である。その上貴族の子でこの学院に入学させることが決まっていれば幼少期から剣術なり奇跡なりの師範をつけられているもの、そんな僕らを押しのけて代表に選ばれるとはよっぽど才能があるのだろう。
壇上に上がった際の横顔は、まあ整っている方なのではないだろうか。男の顔になど興味がないのでどうでもいいが。
「宣誓、我々聖騎士クラス一同は------」
緊張しているのか、硬い表情でところどころつっかえながらベルリ・ダンはスピーチを終えた。
入学式が終わり、僕らはそれぞれのクラスに分かれて学校案内を受けることになった。
校舎はいくつかの建物や塔が合体しているような形状をしており、それぞれの棟に役割があったが聖騎士クラスが主に使うのは座学のための教室棟のみとのことだった。
二学年からは選択授業で治癒術や奇跡の授業も受けられるようになり、そのときは棟を移動して授業を受けに行くのだという。
先頭を行く教員の説明を聞きながら僕は早くも聖騎士クラスに入ってしまったことを後悔し始めていた。
「女子が少ない……」
「それは当たり前だよ。いくら聖血で身体を強化すると言っても騎士はもともと男の職業だからね。むしろろ女子が10人もいる僕らの学年は多いほうだね」
確か聖騎士クラスの新入生は123人だったので女子の比率は約10分の1である。
奇跡の才能は人並みにしかなかったのでこのクラスを選んだが失敗だった。僕はこんなむさ苦しい空間で6年も耐え抜かねばならないというのか。もうすでに辛い。女子が恋しい!
……というかである、一緒に校内案内を回っているということはこのプラチナくんは同じ組だということだが意外であった。
入試の結果順で組分けされているで僕ら1組は上から数えた成績優秀者の30名であるはずだが、人は見かけによらないということだろうか?
そしてこの太った天使くんはやたらと新入生について詳しい気がする。各クラスの代表生徒の情報はともかく、このクラスに女子が何名いるなど誰にも説明されていない。なのにどうして知っていたのだろう。まさか目視で数えたわけじゃあるまい。
「あ、自己紹介がまだだったね。僕はアンジェ・アウレア、どうぞよろしく」
名乗られて僕は思わず目を見開いてしまった。アウレアといえばアステラの公爵家の家名ではないか!このエンジェルくんは大変高貴な貴公子様であったのだ。
「僕はアスター・クロイツ。こちらこそよろしく」
アウレア家はアステラの王家と権力を二分する神殿派のトップである。当然このアルゴー学院にも多くの寄付をしているはずで、その息子が事情通なのも納得である。
「ああやっぱり、寮の部屋分けも試験の結果順らしいんだけどアスター君は僕より一つ上で同部屋なんだ。話しやすそうな人でよかったよ」
恐れ多いことである。何か失礼を働いたら僕は次の日この学校から消えている、なんてことにはならないだろうか?
案内された寮は校舎とは別にあり、聖騎士クラスの寮は校庭の右の端にあった。
最後に部屋割りを言い渡され今日はそれで解散となり、僕はアンジェの言っていた通り彼と2人で同部屋であった。
「ちょっと狭いけれどまあまあ綺麗だね」
「うん。思ってたよりずっとましだ」
部屋の中は両端の壁際にベッドと勉強机があり、それだけでほぼスペースが埋まってしまっている狭さだったが、白い壁に木目の床は傷こそあれどそれほど汚れてはいなかった。
それからアンジェと雑談をして時間を過ごした。夕飯は毎日18時に食堂でとり、その後上級生から順に浴場を使える。解散になったのが15時だったので3時間の自由時間があった。
同性で同い年の存在というのがまわりにいなかった僕にとってアンジェとの交流は新鮮なものだった。何より彼の明るくよく笑う性格は今まで接してこなったタイプだ。
アンジェは噂話が好きらしく学院のオカルト話から教員の出自まであらゆることを話し、僕はそれを興味津々で聞いていた。
三年の聖者クラスの担任と四年の賢者クラスの担任が不倫関係からの略奪婚であるという話をしていたときである。
廊下から怒声が聞こえてアンジェと僕は一瞬固まってしまった。