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最前線で君を待つ  作者: 栗毛理来
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第一話 入学式

 あの日、あの夜の出来事を数ヶ月経った今でも僕は時折夢に見る。父の治めるグラムボムの領地にあった僕の家、その広大な屋敷と庭を満たす燃える炎の赤と立ち上がる煙の灰色。使用人たちの悲鳴があちらこちらから響いてきてどこに逃げればいいのかも分からなかった。


 僕はとりあえず母の元へ行こうとしたが見つからず、再会できたときには彼女は裏門の手前で焼け焦げた姿になっていた。

 あてどなく、地獄のように赤く息苦しい屋敷の中を徘徊して僕は見た。両手足を潰されて生きながら獣に食らわれている父を、そのすぐ側に立ち無感動に父の死に様を見つめる少女の横顔を。


 あの夜を経て僕は両親にでもなく神にでもなく自分自身に固く誓ったのだ。

 必ず勇者になると。


「坊っちゃん、着きましたよ」


「やめてくれ、せっかく眠れてるんだから……」


 誰かが僕の肩を揺すって起こそうとしてくる。やめてほしい。せっかく悪路を走る馬車の拷問のような揺れにも負けず眠りの世界に逃避できていたのに。僕はもうこれ以上尻の痛みに耐えられそうにないのだ。


「坊っちゃん、学院についたんです!もう降りてくだせえ」 


「なに!?」


 学院についた、という言葉を聞き取った途端僕の中の眠気は霧散した。ガバリと立ち上がり、身を乗り出してきていた御者のジジイを押しのけ馬車の外にまろび出る。一気に開けた視界に飛び込んできた光景を見て僕は思わず感嘆の声が漏れた。


「おお、これが……」


 部外者を威圧するようにそびえ立つ門構え、その開いた先に望める建物は学校というより城といったほうがしっくりくるような豪奢な佇まいをしていた。

 広々とした芝生の庭には迷路のように低木が整えられていて、開けている場所では素振りをしている少年たちが続々と門をくぐってくる僕たち新入生を横目で品定めしている。3階建ての校舎は横にも広く移動するのに馬を使わせてほしいくらいだ。

 茶色いレンガ造りの城、ではなく校舎と緑の輝く庭はいかにも優雅で荘厳で、年中雪に閉ざされた辺境出身の曇り空と枯れ木の灰色に慣れた目には眩しいくらいだった。


「そこ、立ち止まらずにさっさと入れ」


 思わずぼうっと見入ってしまっていた僕は門番の声で我に返った。門の入り口は馬車が三台並んで通過できそうなくらい広かったのでそれほど邪魔になっていなかったと思うがみっともない真似をしてしまった。


「じゃ、あっしはこれで」


「ああ。報酬だ、世話になった」


「えっ、こんなにいいんですか?言われた額より多いような……」


 途中の村から寝ずに運んでくれた農夫の男に僕は提示していた額より多く入れた巾着を渡してやった。チップだと言えば男は僕の気が変わらないうちにと急いで場違いな荷馬車を走らせ去っていく。

 僕はその後姿に小さく聖印を切り、あまり信じていない神に男の無事を託した。


 このどこの王族の住む城だというような建物が今日から僕、アスター・クロイツ12歳が学ぶ英傑育成機関「アルゴー学院」である。

 七王国のどの国にも属さない「中つ国」に存在し、神殿の管理下の元各国の王族貴族が人類の敵である魔族に対抗しうる人材となるべく学びに来る場所。

 主な生徒は王族と貴族だが試験に合格するか多額の寄付を積めば庶民でも入学することができる。

 その上僕の入る「聖騎士クラス」では庶民が首席で卒業した場合故郷の国で騎士の位を受理することができるので他の「聖者クラス」「賢者クラス」と比べその比率が多いらしい。


 他のお上りさんの流れに混じって行きついた入学式の会場である大ホールもまた圧巻の佇まいであった。

 こんなに高くする必要はあるのかと問いたくなるほど高いコウモリ天井。神殿の礼拝場を思わせる重厚感のある支柱が幾本も埋め込まれた壁。広い床はすべて大理石ときた。

 なんだかもう僕はお腹いっぱいという気がしてきた。いかにこの世で神殿が覇権を握っているのかということを見せつけられているようだった。


 今はこれまた大理石でできたやたらと階段の裾野が広い演説台の上で学長が長い長い祝辞を話している。


「ーーであるからして、このアルゴー学院に入学した以上、君たち一人一人の肩にはすでに重い責任がかかっているのだということを理解していただきたい。英傑育成を謳う我が学院の生徒であることを常に自覚し、神殿の教えに恥じぬ一人の信徒として自分を鍛えるのです。特に前魔王が倒されてもうすぐ100年の周期を迎える今、この学院に入学してくる意味をもちろん君たちは分かっているでしょう」


 たしか前の魔王が倒されたのは今から98年前のはず。魔王はだいたい100年の間をおいてこの世に現れるので、僕らが卒業するまでの6年間で出現する可能性も大いにある。そうなった場合僕らは学徒動員の義務を負っている。なぜなら魔王討伐がこの学院の存在意義だからだ。


「当代の聖騎士、聖者、賢者はまだ誰も見出されていない。ということはこの中に当代の聖騎士、当代の聖者、当代の賢者がいることも充分にあり得るのです。」


 聖騎士、聖者、賢者とは魔王出現とほぼ時を同じくして選ばれる魔王を倒す英傑のことである。

 神が神託の巫女を介して選出し、選ばれ祝福を受けたものは神託を遂行するための力を得るという。そしてその英傑はこの学院が健校して以来ずっと在校生の中から選ばれてきた。

 入学生である僕らは全員、神の祝福を受け世界の敵である魔王を倒す英傑となるべく己を鍛えにやってきている、ということになっている。


「そんな、選ばれたらどうしよう」


 隣から怯えた声がして僕は横目でその人物を見る。見るからに甘やかされて育った貴族のぼんぼんといった少し太り気味で見事なプラチナブロンドの少年がみんなと同じ紺色の制服を着て座っていた。


「ねぇ、君は怖くない?僕は正直嫌だよ、聖騎士になんてなりたくないよ」


 学長の演説の最中に何を言い出すのかと思ったが「この中に〜」という話あたりからホールがざわめき出したのであまり目立ってはいなかった。

 聖騎士になりたくない、ということは僕と同じ聖騎士クラスなのだろう。その体系では剣の素振りすらやったことがなさそうだが、彼の親はなぜ聖者クラスでも賢者クラスでもなく一番向いてなさそうな聖騎士クラスに息子を入れさせたのだろう。よっぽど奇跡の才能がなかったのか?


 何も言わず片眉を上げてだけ見せ、僕は注意を壇上に戻した。

 待っていた首席合格者による新入生代表のスピーチの時が来たようだ。僕らの中で現状最も優秀な人物、いったいどんな人たちだろうか。


「聖者クラス、新入生代表エレクトラ・アウグスタ」


「アウグスタ?」


 聞き覚えのある性を聞いて思わず声が出た。それは現大神官と同じものだ。


「そう、あのグエル・アウグスタの一人娘だよ。血はつながっていない養子だけどね」


 プラチナブロンドが教えてくれる。大神官に娘がいるとは聞いていたが養子で同い年だったとは知らなかった。


 背後から大理石の床を歩くローファーの靴音が響いてくる。中央を貫く通路の右脇の席に座っている僕の横をその少女は通り過ぎていった。


 長い真っ直ぐな髪を後ろで一つにまとめた飾り気のない後ろ姿だ。けれども灰色がかった薄水色の髪が彼女が歩くたびにふわりと浮き立ち伸びた背筋に当たる様は堂々として美しく。一種の神聖さまで感じられほどだ。


 少女が壇上にたどり着き学長と向き合ったとき、彼女の横顔を見たホール全体が息を呑んだ。

 エレクトラ・アウグスタはそれほど美しかったのだ。


 

 


 

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