第8節 赤子から始まる新たな人生
第8節 赤子から始まる新たな人生
レオンは温かな布にくるまれた状態で目を覚ました。視界は曖昧で、ぼんやりとした光の中に大きな影が見えるだけだった。
「おぉ、目を開いたか。我が子よ、ようこそフォルネード家へ」
その影は優しく頭を撫で、レオンの小さな体を抱きしめた。温かな肌触りと安心感から、この影が自分の母親だと感じ取れた。母親の愛情に包まれ、レオンの心は極上の幸せな気分に浸った。無意識のうちにニコニコと微笑んでいたに違いない。
「旦那様、御覧ください。御子息が可愛いお目目を開いてくれましたぞ」
すると、もう一つの影が近付いてきた。大きな手でレオンの頭を優しく撫でてくる。
「良かった、元気な我が子に恵まれて。フォルネード家の当主にふさわしい子となれ」
落ち着いた男性の声から、この影はレオンの父親だと分かった。両親に見守られ、レオンはこの世界に確かに生まれ落ちたのだと実感した。
部屋の中は、手入れの行き届いた高級な家具が並び、立派な屋敷の主屋らしい雰囲気が漂っていた。が、赤子の視界は曖昧で、周りの様子をよく捉えることはできなかった。
他の影たちが次々と部屋に集まってきた。
「何と有り難い日だ。ようやくフォルネード家の三代に渡る当主継承の時が来た」
「しっかりとお子様を拝見しよう。きっとレオン・フォルネード殿は立派な次期当主となられるだろう」
「願わくは、レオン様が我らの期待に沿う素晴らしき子に育ちますように」
影たちの言葉から、レオンはこの世界の人間王国の名門貴族"フォルネード家"に生まれ変わったことを理解した。まるで大人の知性を備えた新生児なのだ。
フォルネード家は由緒ある一門ながら、下級貴族の家系にすぎなかった。しかし1周目のレオンが、前の主が道端で倒れた老人を助け、知己を得たことを覚えていた。なので、あの老人が父親なのだろうか。
老人は、子を残せずに断絶寸前だったフォルネード家の当主だったと記憶している。その老人の機縁から主家の血を継ぐ機会を得たのだろうか。レオンの善行が報われたことで、縁のあったこの家に生まれ変わらせてもらえたのかもしれない。
周りを見渡せば、部屋の壁一面に趣味の良い絵画が飾られ、豪勢な調度品が並んでいる。まさに格式の高い邸宅の主屋だ。レオンが生まれた環境は、人間社会の上流階級に違いない。しかし、主家といえども名門とはいえ、下級貴族の地位しかないのが現状だった。
レオンの中で前世と1周目の全ての記憶が蘇った。自分の中で大人の知性が芽生えている不思議な感覚に、戸惑いを覚えずにはいられなかった。
「前の人生と1周目の経験があるおかげで、今回も多少は有利になれるかもしれない。しかしこの環境は予想外だった。下級貴族の家系に生まれ赤ちゃんからのスタートとなるとは...」
しかし両親から受ける愛情に包まれる中で、レオンの心は徐々に安らぎを取り戻していった。1周目で味わった孤独や虚しさといった心の傷が、少しずついやされていくのを感じた。
幼い体ゆえ、レオンには動く手立てもなかった。ただひたすら未知なる運命を見守るしかなかった。しかしそんな中で、レオンの中に強い決意が芽生えた。
「下級貴族の家系とはいえ、やがて俺はこの家を立て直してみせる!どんな苦難が待っていようと、俺は乗り越えていく!今回こそは絶対に1周目の過ちを繰り返さない。前世と1周目の知識を総動員し、己の力でイリーナとアデリナを守り抜いてみせる!」
レオンは今回の転生に強い意志を燃やした。赤子の小さな体からでも、着実に力を付けて行かねばならない。前世と1周目の英知を存分に活用し、自らの強化に全力を尽くすつもりだった。
一方で、母親の温かい抱擁に包まれ、レオンは至極の安らぎを感じていた。父親の優しい手付きにも、この世界に生きる者となった実感が沸いてきた。赤子らしく、にこにこと笑顔を浮かべながら、両親の愛情に浸っていた。現実の厳しさを知らない幼い頃の宝物のような、短い時間が過ぎ去っていった。