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蛇蝎の如く

「いででででで!?」


 闘技場の一角に先ほどまで激しい戦いをしていたとは思えない情けない声が響く。


「はいはい、自業自得なんだから我慢しなさい」


 ベアハグに勝ったジークが戻ると即座にレイラにこっぴどく説教をされた。

 全身ボロボロの状態だったが特に炎の中に手を突っ込んだかのような火傷が酷かった。


 今はロクスタに貰ったよく効く軟膏を手に塗っているところだ。

 勿論、沁みる。

 火傷した手で全力でベアハグを殴った為、指の皮が一部剥がれており、軟膏が痛みを加速させる。


(痛そう……ルーンで今だけでも)


 グレイは右手に魔力を集め痛み止めのルーンを形成し始める。


「ダメよ、グレイ。これは無茶した罰なんだから身体で覚えてもらわないとまたやらかすの」

「これでもライルのお陰で蝋燭くらいの炎なら問題ないんだぜー?」

「ね?」


 やらない、ではなくやり過ぎたからこうなっただけでまたやる、と言うジークにグレイもその方がいいと理解した。


 ジークが軟膏を塗られるたび悶絶するのを無視してグレイは試合中の気になることについて考える。


(あのベアハグって言う獣人がいくら硬くて腕力があると言ってもあんな簡単に剣が壊れる?ちょっと見てこよう)


 グレイはジークに軟膏を塗るレイラとそのジークが暴れないように押さえつけているライラとネロに黙って闘技場の中を探索する。


 しばらくしてグレイはある場所に辿り着いた。


【武器保管庫】


 そう書かれた札がついた扉の前に立ち開けようとする。だが、鍵がかかっているのか上手く開かない。そうこうしていると武器を複数抱える獣人がグレイの方へと歩いてきた。


 咄嗟に隠れたグレイはその獣人が鍵を開ける所を確認した。


(気配遮断のルーン起動)


 扉を足で開けた獣人は少しの間扉を開けっぱなしにする。その瞬間にグレイは武器保管庫へと潜り込んだ。


 何故、武器保管庫に来たかと言うと支給されている武器である以上全ての武器が集まるこの場所ならば不正を発見できると考えたからだ。


 気配を隠したグレイは置かれている武器に鑑定を行う。獣人が外に出るまでの限られた時間のため、簡単な解析しかできなかったが全ての武器に対して行った。


(魔法、欠損、両方なし。刃に仕掛けでもされてるのかと思ったけど気のせいだったみたい)


 ルーンに全幅の信頼を寄せているグレイは杞憂であったと思い、中に入った時と同様、獣人の後ろを付いて外に出た。

 だが、急に獣人が止まった為、ぶつかりそうになる。


「宰相殿も来ていたのですね!いやぁ白熱しましたなぁ」

「えぇ本当に。武器が壊れてしまった時はどうなることかと。なので一応確認に来たのですよ。問題はなかったですか?」

「はい!全て宰相殿が私費で新しく作らせた武器ですから、問題など何も」

「そうですか、それは重畳。それでは」


 獣人の後ろにいた為、宰相なる人物の顔は見えなかったが、闘技場の中からあのペーンの喧しい声が聞こえてきた為に急いでグレイはジーク達のいる場所へと走る。


◇◇◇


「あ、どこ行ってたんだよグレイ!またいなくなったかとヒヤヒヤしたんだぞ?」

『ごめん』


 案の定、ジークを含め全員から説教を受けたグレイはレイラの膝の上に拘束される形で動けないようにされてしまう。


(武器もたまたまだった。気にしすぎ、だったかな)


 そして、グレイの心配など跳ね除けてジークは順調に勝ち進んでいった。特に、出力を調節した炎拳によって新たな戦法を確立したジークに敵はなかった。


「さぁさぁ楽しい祭りも大詰め!今年の最強が今決まる!しかも今年は大波乱!まさかの初参加共が勝ち残ったぞ!?さぁ出てきやがれ野朗共!!」


 ペーンの煽り文句と共にジークともう一人の獣人が舞台の上に出てくる。

 歓声は今日一番、二人を讃える声援は最高潮。


 両雄向かい合い、今か今かと疼き始める。


「こいつの熱いハートに心焦がされた奴は数知れず!炎拳を巧みに使い大波乱の幕を開けたジーク!そして、これまた大波乱。初参加、そして滅多に見ないタイプが最強に名乗りをあげた!獣人には珍しい甲虫族が一人スコルピ!」


 獣人には獣の特徴を何処かに持つ。

 ネロであれば耳や尻尾が猫であり、ロクスタは一見ほぼ人なのだが夜目が効いたり超音波を放てるコウモリの獣人だ。


 だが、獣人は動物に限った種族ではない。

 魔獣の中には蟲型の物もいる。つまり、少数ではあるものの蟲の特徴を持つ獣人もいるのだ。


『何、あの大きな尻尾?先の方が尖ってる』

「うーん、多分サソリかな?ホリック辺りだとあまりいないけど砂漠のある地域だとそういう魔物はいるって聞いたことがあるわ」

「甲虫族って?」


 ライラがペーンの言っていた言葉をネロに質問する。ネロは少し困った表情をしながら答える。


「獣人って色んな魔獣の因子が混ざった闇鍋にゃ。例えば馬の獣人から鳥の獣人が産まれる事もザラにある。勿論、親と同じになる方が多いけど。甲虫族はその中でも蟲の魔獣の因子が良く出た獣人の総称にゃ」

『強いの?』

「そこが微妙なところにゃ。甲虫族ってほぼいないからどんなことが出来るかわからないにゃ」


(サソリ、初めて聞いた。砂漠は確か砂の海って本で読んだことあるけど)


「さぁ頂上決戦だ!始めぇえええええ!」


 闘技場に響くペーンの声と共にジークは突進する。

 右手には片手剣、左手は素手。

 いつでも炎拳は発動可能な状態で接敵する。


 対する相手はじっとジークを見つめ待っている。初戦のベアハグと同じような光景だが、彼と違い、逃げれないのではなく待っている。


 ジークが剣の間合いギリギリに入った瞬間、スコルピは動く。

 尻尾を地面に突き刺し回転。そのまま上に掻き上げるようにして飛び出した尻尾は闘技場の砂を巻き上げ砂塵と化した。


 ジークを砂塵が包みいつの間にかスコルピの姿は観客から見えなくなる。


 グレイはルーンでジークの姿を感知する。

 ただし、明瞭なものではなく、熱源感知である為にジークの様子は形でしかわからない。


「おおっと二人の姿が全く見えないー!?上から見ても全く見えねぇ!」


 空を飛ぶペーンからも二人の姿は見えないらしくグレイの他には誰もその様子を確認できない。



『動いた!』

「え、嘘、どうなってるのグレイ!?」


 グレイの視界には剣を構える人物と足跡を消す為かゆっくり動く人物が見えた。


◇◇◇


「クソッ見えねぇし目に入って痛ぇ!」


 ジークは砂塵の中、視界を物理的に塞がれ目を瞑らされていた。

 剣を構え、どこからきても良いように迎撃体勢を取る。


 それを待っていたかのように腹を、肩を、腕を、足をあらゆる方向、角度から攻撃が襲う。

 致命傷には至らないものの確実にジークの身体を傷つけていく。それに加えてこれまでのダメージもしっかりと蓄積されている。


 だが。


『動かない……?』


 ジークは微動だにしない。本来ならば攻撃がきた方向に剣を振り回して遊ばれるところだ。

 だが、ジークはかつてのロベドとの修行を思い出していた。


◇◇◇


「おい!目を隠したら何も出来るわけないだろ!?」

「うるせぇなぁ。冒険者ってのは真夜中でも戦えるようにしなくちゃいけねぇって言ったよなぁ?おら、一発躱してみせろ」


 鞘付きの剣でジークのいたるところを攻撃するロベドだがいいように遊ばれていた。

 攻撃の方向にやたらめったら剣を振り回してまるで道化師のよう。


「全く……おいジーク。今から殺す気でやるからその気配だけ覚えろ」

「え、は?ちょっと!?うぎゃぁあああ!」


◇◇◇


(違う、違う違う違う)


 痛めつけるのとは違う、本命。殺す気の一撃をジークは待つ。

 その間もジークの身体には傷が増えていく。

 滴る血が地面に落ちる瞬間、その時は来た。


「今だ!」


 異常に耐えるジークに苛つき隠していたスコルピの殺気を感じとり、ジークはその方向へと剣を走らせる。

 剣線は砂塵を切りながらその先の潜んでいたスコルピを切る。

 まさか斬られるとは思わなかったスコルピの顔は驚愕の表情を浮かべた。


 その瞬間、砂塵は剣圧で晴れ、身体に直線の傷を作ったスコルピが倒れ伏した。


「おぉーー!?砂塵が晴れた瞬間には勝負が決着ー!?立っているのはジーク!早速テンカウントするぜ!」


 ペーンが数字を数える。

 だが、形勢はその瞬間に逆転する。


 スコルピはジークの攻撃を耐えていた。斬られた部分を痛そうに触りながら立ち上がっているところを見るに無傷ではないが。


「使うつもりはなかったんだ。死んでくれるなよ」

「魔獣化……!」


 闘技場に漆黒の身体を持つ巨大なサソリが出現した。


 


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