帰郷
ロクスタと別れ荷馬車で向かうこと数日、グレイ達一行は見渡す限り木しか見えない道を進んでいた。
「本当にこの先に国があるのか?一応見た目それっぽいけどほぼ獣道だぞ」
「ちゃんとベスティアに近づいてるにゃ。その証拠に魔物が出なくなった」
森に入ってから、グレイ達は魔物と交戦していない。避けられているとかではなく姿形すら見ていない。
その理由をベスティアに近くなったからと言うネロはロクスタから貰った獣化薬を飲むように伝える。
「多分そろそろ……」
ネロは荷馬車を止めた。
その瞬間、荷馬車の周囲に十数名の獣人が取り囲む。
その様相は明らかに鍛えられた兵士。盗賊のような生活難の者達とは違う。
「何用だ」
リーダーらしい獣人がネロに尋ねる。グレイ達に緊張が走る。ロクスタ謹製の獣化薬は匂いまでも誤魔化す代物であるのは確認済みだが、それでもこう囲まれては緊張もする。
「久しぶりに故郷に帰って来たにゃ。そろそろ《《あの時期》》だから」
「…………物好きがいるものだ。おい、行くぞ」
リーダーらしき獣人の合図で荷馬車を囲んでいた獣人達は一瞬のうちに森の中へと消えていった。
「ふーーーッアレはやばいな。ネロを見てある程度分かってるつもりだったけど、一人一人がスタンピードの魔獣なんか目じゃないくらいの強さしてるな」
ジークが額に滲み出た冷や汗を拭う。まだいるんじゃないかと短い獣耳をピクピクさせながら周囲を見渡すが全く気配を感じさせない。
「さっきのがベスティアの国を守る警備部隊。魔物がいなかったのはみんな警備部隊に倒されてるからにゃ」
再び進み始めた荷馬車は遂に森を抜ける。
急に浴びた日光に目をつぶるグレイが再び目を開けると自然と共存する街並みが目に入った。
「ここが獣王が治める獣人の国、ベスティアにゃ!」
◇◇◇
荷馬車から降り、グレイ達は徒歩で街を歩く。
まるで空にに根を張るかのような巨木に家があったり、ジーク二人分くらいある扉があったり。
「おっと、ごめんな」
力の強い獣人が自身の体より数倍大きな荷物を軽々と持ち運び、
「どけどけー!邪魔だ邪魔!」
ネロのように華奢な獣人はその身軽さを活かして家の上を飛び跳ね街道を走る。
「すげぇ、こんないっぱい獣人がいるの見たことねぇ」
「ベスティアは初代獣王がそれぞれの種族を纏めたことで出来上がった国だから、種族ごとの街もあるにゃ」
ベスティアは森の中央に王都があり、その周りに各種族の街があると言う構造になっている。その為、グレイ達が居る王都では様々な種族が入り混じる。
「私の家に案内するにゃ」と言ったネロの案内で人通りが多い区画から離れ、ほぼ森の中にポツンとネロの家はあった。
家というよりは秘密基地に近いそれは壁に蔦が巻きつき、数年人が寄り付いていないことがわかる。
玄関の木製の扉を開けばギィという音を鳴らす。中はこじんまりとしており、装飾は意外にもそれなりにされている。
グレイ達が次々に入り、最後にネロが感傷に浸るようにゆっくりと中に入る。
「………ただいま」
最後に家に入ったネロの小さくこぼした帰郷の言葉は物悲しく家に響く。
「おかえり!」
それを聞き取ったジークが家の主人より先に椅子に座りながら返した。
まさか返ってくるとは思わなかったネロはビックリした表情でジークを見る。
「なに勝手に自分の家みたいにくつろいでんのよ、私たちが掃除してるの見えない?」
「ごめんなさい、手伝います」
レイラに怒られたジークはお尻に白い埃を付けながら掃除を開始したレイラ達の元に行った。
『ネロ?』
「え、あっごめんごめん!確か奥に雑巾があった筈にゃ、取ってくる!」
グレイに話しかけられ我に返ったネロは家の奥へと走っていった。
◇◇◇
「いやぁ、助かったにゃ。一人で掃除してたら大変なことになるところだったにゃ」
「いやぁ、ほぼグレイが何とかしたしなぁ」
「ほんと、ルーンって凄いわよね」
結局、ネロが雑巾を持って来た後、グレイが風のルーンを使い埃を集め、水と滑らせるルーンを使い雑巾で一気に掃除を終わらせたのだった。
「取り敢えず拠点の確保は出来た。後は依頼のスタンピードの原因を探る、だけど。どうしようか」
「そもそもギルドは何でないんだ?」
情報を得るなら冒険者ギルドが一番早いのに、と愚痴るジークにネロが答える。
「ギルドって依頼する人と依頼を受ける人で成り立つにゃ。でも、ベスティアだと依頼するくらいなら自分でやっちゃう。需要がないから供給も無い。必然的にギルドが必要ない国なのにゃ」
「街にいる獣人に聞いてみる?」
「それも意味ないと思うにゃ。スタンピードって言葉は私自身国を出てから初めて知ったにゃ」
ライラの提案もネロの情報で却下された。
しかし、ネロは「でも」、と続ける。
「原因かも知れない物には心当たりがあるにゃ」




