見えざる魔の手
「ふぁあ、ごめんジーク。寝坊しちゃった」
レイラは寝起きで霞む目を擦りながら寝室から出て来た。しかし、目の前にいる人物はジークではない。
『おはよう、レイラ』
「おはよう――――――ってグレイ!?え、なんで?」
「あぁ昨日聞いた会話にゃね」
「え、誰?」
キッチンで寝ていたレイラに代わってグレイとネロが朝食の準備をしていた。困惑するレイラをとりあえず落ち着かせて昨日のあらましを伝えると、レイラは顔を真っ赤にして手で顔を覆った。
それとほぼ同時に外から朝の鍛錬をしていたジークとライルが帰って来た。
「お、もしかして?」
「昨日のことを伝えた途端悶絶したみたいですね」
あーなるほど、という顔で手を叩くジークはライルとかいた汗を流しに風呂へと向かっていった。
昨日の今日で意気投合した二人は外で鍛錬していた。魔法が上手く使えないジークはライルに、身体を鍛えていないライルはジークにお互い教わっていた。尤も、魔法を使うライルにからだをきたえるのが必要なのかは分からないが。
「私の痴態はまぁ今は置いておいて。かなり頭の痛い話になってるのね」
「二日酔いに効く汁にゃ」
「ありがとう。んん、美味しい。私もついていくのには賛成だけど旅の支度は私たちに任せたほうがいいんじゃない?万が一ってこともあるし」
ネロの渡した汁物を啜ったレイラはキリッとした顔で心配をする。どうやら、眠気は完全になくなったようだ。
しかし、そんなレイラの提案にグレイはあまり乗り気ではなかった。
(しばらく会えないだろうからシオさんやダイムさんとかにも会っておきたい)
『また旅に出る前に会いたい人もいるから外に出たい。ダメ?』
「うーん、わかった。でも私たちから離れちゃダメよ」
『わかった』
しばらくして、目を擦りながら起きて来たライラと風呂から出て来たジークとライルを含めた全員で朝ごはんを食べた。
材料はマレーア産の食材で特に二日酔いになったレイラに喜ばれた。
◇◇◇
「よぉ、こっちに帰って来てたんだな。俺の道具はうまく使えてるか?」
『うん、すごく便利』
「そりゃ良かった」
グレイ達はシオにグレイが帰って来たことを伝えるために冒険区へとやって来ていた。そのついでで道具を買ったオヤジを訪ねたのだ。
「ちょっとこの街から遠出するのともう一人増えるから大きめのテントが欲しいんだが」
「おい、ジーク。また女増やしたのかよ、そろそろ刺されるんじゃねぇか?」
オヤジはジークの周りにいる女性をチラッと見て呆れたように聞いた。しかし、ジークは「刺されるって何に?」と全く分かっていない。冒険区を歩く男たちの視線すら気がついていない。
「……………まぁいい。大きいのならこれだな、持ち運びが大変だが俺のやった袋になら入るだろ」
「じゃあそれくれ!」
「まいど」
無愛想な道具屋のオヤジと別れ一行はギルドへと訪れる。中はグレイが街を出た頃とは打って変わり通常のギルドへと戻っていた。
しかし、グレイ達はに気がつくとザワザワと騒がしくなる。勿論、その原因はジークだ。
「また、女が増えてる」「ハーレム羨ましい」「今度は獣人だとぉ!?」「あ、灰色の子帰って来たんだ」
などの声が辺りから聞こえてくる。
「物凄く視線を集めてるにゃ。さっさと用事済ませて出たいにゃ」
ネロは耳を手でぺたんと折って塞いでいる。グレイ達には一つ一つは聞き取れない喧騒に過ぎないがネロはその耳で聞き取ってしまうために男どもの女々しい恨み言は聞くに絶えないようだ。
受付にシオに会いたいように伝えるとほぼ時間もかからずに部屋へと一行は部屋へと通された。
以前と同じようにシオは椅子に座り薄笑いを浮かべながら出迎えた。
「やぁ、グレイ。帰って来たんだね。ロベドから話は聞いたよ」
『ダイムさんは?』
「彼ならロべドから君の話を聞いて街の門兵に掛け合っているんじゃないかな」
困ったような顔をするシオにグレイは袋からお土産を渡す。ジーク達とは違い薄く広い形の小包の中身はマレーアで取れる果物のお菓子だ。
「これは?」
『マレーアのお土産。お世話になったから』
「そう、ならありがたく受け取るよ。ありがとう。あぁそうだ、ベスティアに行くなら依頼をついでに引き受けてくれるかな?」
「依頼って何かしら」
内容がわからないのに安請け合いするわけにはいかないと訝しげにレイラがシオに質問する。
「スタンピードは十年おきに北で起きるだろう?だから北にあるベスティアで原因を探って欲しいんだよ。あそこ、ギルドも無いから探れなくて」
「わかった。そのくらいなら良いわ」
シオの依頼を引き受けた後、一行は商業区へと消耗品と保存食を補充する前に中央広場で昼食にすることにした。
「お、嬢ちゃん久しぶりだな!アレだろ?」
『うん、辛いの5つと甘いの一つ』
「あいよ!」
グレイはネロとライルに協力してもらって屋台の商品を運ぶ。ライラに甘いものを渡すして噴水のヘリに座ると小さい口でガバッと一噛みする。
口に広がる辛味を感じていると、
「辛ッゴホッゴホッ、あぁありがとう」
ライルがあまりの辛さにむせてレイラから水を貰う。
『そんなに辛い?』
「辛いだろこれっ!なんでそんな美味しそうに食べれるんだ?」
側から見ると昔いじめっ子といじめられっ子だったとは思えないほどに仲が良く見える。
『食べれないなら食べるよ』
「い、いや食べれないとは言ってない!食べるともっ」
意地を張っているのかそれとも他の感情か、ライルは急いでバクバクと食べ進め、少し喉で突っかかったのか水を一飲みしてふぅ、と息を溢した。
そんな二人を生暖かい目で見守るレイラ達やグレイを真似して一嚙みしたはいいものの、辛くて舌を出すネロ見て笑うジークなど一行は親睦を深める。
そして、残る保存食と消耗品を買うために商業区へとやって来た。
皆が必要なものを買っていく中、グレイは小さな書店に置かれていたある本が目についた。
「うわっそれに気が付かれたか」
グレイの後ろからジークが「恥ずかしいんだよなぁ」と頬をかく。
その書店に置かれていたのはスタンピード時のジークを少し誇張気味に表現した英雄譚のような本だった。レイラ達に隠れて買ったジークだが、内容におひれがつき過ぎて恥ずかしくなった曰く付きの一冊だ。
『後で読むね』
「マジかよぉ良いことないぞ?恥ずかしくなるだけで、まぁ良いや」
ジークは少しでも本の話を終わらせたくて、お金を支払って収納袋に本を仕舞うグレイより先に店を出た。
それに続いて店を出るグレイ。
だが、レイラ達の方に合流する前に後ろから何者かに掴まれた。口と両手を瞬時に封じられ、甘い匂いを嗅がされる。
(ぁ………)
薄れる意識の中、グレイは咄嗟にルーンの書をジークの頭の上に召喚する。その後、グレイの意識は闇へと落ちていった。
「いってぇ!ん?これグレイの本だよな?」
ルーンの書を手に取ったジークは痛そうに頭をさすりながら振り返って尋ねる。しかし、振り返った時にはもう、グレイの姿はなかった。




