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父の背中

「ど、ど、どうにかしろ!私を守れェ!!」

「五月蝿いにゃ」


 元凶のくせにこの期に及んで自分だけ助かろうとするダイカンをネロは腹パンをかます。丸々と肥え太ったダイカンは冒険者のような屈強な肉体ではないためネロの軽い攻撃でも気絶した。


 船の最高権力者を容赦なく気絶させたことでどよめきが起こるが仇を取ろうとする者はいなかった。どれほどダイカンが慕われていないかがよくわかる。


 汚いものを触ったかのように手を振りながらグレイとカシムの元に戻るネロはもう一度津波を見る。

 母なる海が牙をむく光景は此処まであきらめなかったカシムでさえ「ここまでか……」と言わしめるほどには絶望の権化と化している。


 青い壁が迫りくるのをただ見ていることは出来ないとカシムはよけようと試みるが、マストに大穴が開いているために風を満足に受けることが出来ず少ししか移動できていない。


 グレイも何とか出来ないかと先ほどのブレスを曲げたルーンを津波に飛ばすがまるで効果がない。


(圧縮ルーンなら……!いや津波の後はリバイアサンが残ってる。魔力切れになってる場合じゃない)


「こんな時親父がいてくれれば……」


 ガラにもなくカシムがバルを頼りに言葉をこぼす。その時、津波の余波で少し小さめの波が船を襲う。船は大きく揺れ皆何かに掴まって耐えるがカシムはそれが遅れ後ろによろけた。


 ドン、と誰かに抱き抱えられたカシムは何とか倒れずに済む。


「おいおい、船で転ぶなんて漁師の恥だぜ、なぁカシム」


 その声を聞いたカシムは目を見開いて後ろを振り向く。聞き覚えがあるなどと言った程度ではない。幾度も聞いたその声の主をカシムは待っていたのだから。


「親父!?なんでここに!」


 カシムの父、元漁師筆頭がここに復活を遂げた。何故か息を切らしてボロボロになっているが。


「そんなことァどうでも良い!カシム、ネロの嬢ちゃんとマストの帆を目一杯広げておけ!」

「でも穴が」

「そんなもん、さっさと服でもなんでも良いから塞いどけ!」


 頼もしい男の声にグレイ達は奮い立つ。


「布ゲットにゃ!カシム行こう!」

「お、おう」


 ダイカンの着ていた服を引きちぎっていたネロと共にカシムはマストを登る。


『私は何をすれば良い?』


「何もしなくて良い!操舵は漁師の仕事だ、後の怪物退治は任せたぜ?」

『うん!』


 ダイカンの服を縫い終わり、マストを限界まで張って降りて来た二人を見たバルは舵を大津波の方向に切った。

 

 そのせいで船に乗っていた冒険者が騒ぎ出す。中にはバルから舵を奪い取ろうとするものまで現れた。

 だが、それをグレイは許さない。ルーンを待機させ常に冒険者へと向ける。

 基本争いを好まないグレイだが必要に駆られれば戦闘もする。この場にいる冒険者をグレイは冒険者と認めていない。


 グレイの思う冒険者はホリックの街にいる冒険者達やジーク達のような命を張れる人々だと考えている。だから、ダイカンのような子悪党に手を貸す輩には静かに怒っていた。


 そうして船は大津波に巻き込まれる寸前までやって来た。


「だ、大丈夫にゃんだよね?」

「ハッハッハ、初めてやるが気にすんな!絶対上手くやるからよ!しっかり捕まっとけよ?」

「やっぱり信用できないにゃ〜!」


 バルは舵を左に切り波の向かう方向と直角になるようにする。すると、


「すげぇ、津波の中を進んでる……」

「綺麗だにゃあ」


 船は津波のウェーブの中をサーフィンをするように駆け抜けていく。先程までの荒々しい雰囲気とは違い、幻想的な風景にパニックに陥っていた冒険者達も唖然としながら上を見上げる。


『こんな景色本じゃ見れない。来て良かった』


(あ、そうか。流れに逆らおうとするから負けるんだ)


 バルの操舵技術に閃めいたグレイはこの幻想的な景色を見ながら右手を動かしていく。まるで海に浮かぶ宝石のように津波の流れに沿うようにルーンを流していく。


「よし、抜けるぞ!」


 津波の端から抜け出したバルは舵を離して息を整える。かなり大胆な作戦だがそれを可能にするには繊細な操舵技術が必要だった。久しぶりな事もあり、バルはこの一度で疲れ果ててしまった。


「あとは任せたぜ?」

『任せて』


 バルから後を任されたことでやる気が漲ってきたグレイは津波を通り抜ける間に流したルーンを全起動させる。

 波の内部で起動したルーンはまるで光の波のように津波を輝かしながら炸裂した。


 内部でブレスに使ったルーンが起動されたことにより静かに街に届くことなく津波は消え去った。


「よくやったな、グレイの嬢ちゃん!」

「本当にすごいにゃ、二人とも!」


 グレイに駆け寄ったバルとネロだが、カシムは一歩後ろにいた。


(結局、親父の助けなしじゃどうにもならなかった……)


 そんな息子の様子を見たバルはゆっくりとカシムの元に向かう。

 

「全くよぉいつもいつもヤンチャ坊主だな、カシム」

「……」


 バルの忠告も無視してこのザマだ、とカシムも下を向いて落ち込む。だが、


「でもよくやったな。一人じゃなく仲間と一緒にここまでやれたんだ、スゲェと思うぜ?シャキッとしろ、まだ本番は終わってねぇんだぞ?……あの時出来なかった続き、今ここでやろうぜ」

「………あぁ!」


 カシムとバルは船を睨むリバイアサンに向き返った。


「仲直りできて良かったにゃあ……」

『泣いてる?』

「これは海水にゃ!そんなことよりリバイアサンを退治してお魚沢山食べるにゃ!」


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