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大津波

 グレイ達がリバイアサンに体当たりをしている頃、市場も慌しく動いていた。

 リバイアサンの怒りを買った者の末路は巨大な津波で何もかも流されるというそれはもう悲惨な結末を迎える。


 観光で来た者はすぐに避難をしたが市場の、地元の漁師達は動こうとはしなかった。彼らは生まれてからずっとこの街と共に生きて来た。マレーアの街に骨を埋める覚悟はとっくの昔に出来ている。


 そんな者達の中にバルも居た。地響きを聞きすぐに宿を出て状況を確認する為に市場へと向かったのだ。


「おい!どうなってる。さっきの地響きはなんだ!」

「バル!大変だカシムの野郎遺跡に向かって行っちまった!」

「何!?」


 市場についたバルを見つけた漁師はカシムが海底遺跡に向かったことを伝える。

 漁師達は今すぐにでも応援に行ってやりたいが……、と歯痒そうな様子を見せる。今、マレーアの街には船がない。

 

 リバイアサンを倒す為に向かった船のことごとくが破壊され今やカシムの船のみとなっていた。

 

 そんな時、海を見ていた漁師が海から船が戻ってくると叫ぶ。皆、カシムだと思い海岸へと急ぐ。


 バル達が海岸につくのと船の到着はほぼ同時。


「あ"ぁ〜死ぬかと思ったぜ。ダイカンの野郎、何が良い仕事がある、だ。とんだハズレくじじゃねぇか」


 降りて来たのはギルドでグレイ達にやられた冒険者だった。あの後、ダイカンに名誉挽回する機会として船に乗って街まで戻るだけの依頼を任されていた。


 尤も、ダイカンとしてはリバイアサンに追いつかれることは想定内でありやられても問題はないと考えていた。完全に捨て駒扱いである。


 しかし、想定とは大きく外れダイカン達の船にリバイアサンが向かったことで辺りの船に乗った冒険者は普通に何事もなく帰って来ただけになってしまった。

 

 彼としてはリバイアサンを足止めし命からがら生き延びて「お前のおかげで依頼が完遂できた!」と名誉挽回することが目的だった為に拍子抜けだった。


 そんな事に文句を溢している彼にバルが詰め寄る。


「おい、カシムはどうした!」

「あん?なんだなんだぁ?漁師どもが勢揃いで観光かー?」

「そんなことはどうでも良い!カシムは」


 今にも掴みかかりそうな勢いのバルは太々しい態度をとる冒険者を前に耐えていた。

 それは背後に控える漁師も同様であった。船を失ってからダイカンによる嫌がらせの数々に不満を持っている物は少なくない。

 特に街とのパイプラインである物流を抑えられ新たに船を作れなくなったことが一番彼らには効いた。


「知らねぇよ……!お前んとこのガキだっけか。今頃リバイアサンの腹の中かもなぁ」


 ギャハハと笑う冒険者を無視してバルは冒険者の乗ってきた船に乗る。


(よし、まだ魔封石は余ってんな)


 何年も乗っていないブランクを感じさせない乗りこなしでバルは遺跡へと向かった。


「なんだアイツ……」


 残された冒険者はギルドに戻ろうとしたが屈強な漁師達に道を阻まれる。


「何やらかしたかゲロってから帰りな」



◇◇◇


「まぁ取り敢えず目的地には着いたからいいけどよ」


 ダイカンの帆船に到着したカシムは自分達を囲む冒険者達を見渡す。その中に卵を持っている冒険者を見つけた。


「おい、私の船に許可無くなるとは何事だ!」

「今それを言うか……?」


 目の前にリバイアサンがいると言うのに呑気にも程がある声を出したのはダイカンだった。水色に光る物体を大事そうに抱えながら辺りの冒険者に捕らえるように指示する。


 しかし、その指示に従う者はいなかった。


「やっぱりグレイは凄いにゃ」


 既に船に着地した時点からルーンを描いていたグレイは船員全員に向けてわざと見えるように待機させている。


(役に立たないと!)


 色々やらかしているのでそろそろ名誉挽回したいグレイはここぞとばかりに頑張る。


 ルーンとリバイアサンの両方で冒険者達の反抗する気力は完全に削がれた。その機を逃さずカシムは冒険者から卵を奪いリバイアサンに見えるように海へと落とした。


「よし、これで大人しくなってくれるといいんだが」

「何を馬鹿なことを。卵はこっちだろう」


 ダイカンが自信満々に抱えていた物をカシムに見せびらかす。それを見たカシムとネロは同時に馬鹿を見る目で答える。


「それアイツの糞だぞ」

「それうんこにゃ」


 船の中に静寂が響く。

 冒険者はさっきダイカンが舐め回しているところを見ている。それを思い出したのか今にも吹き出しそうになっているものが数名見て取れる。


『そうなの?てっきりあっちかと思った』

「リバイアサンは雑食で岩も食うんだ。腹の中で食べた物をすりつぶしたりにも使うらしいが偶にその岩を出すんだよ」


(なるほど、それで宝石みたいに光ってるんだ)


 新たに知識を得たグレイは目を輝かせるが反対に頭を赤く染め上げるダイカン。


「ふざけるな!ならさっきの卵を返せェ!」

「もう海の底だぞ、諦めろ」


 発狂寸前と言った様子のダイカンを無視してリバイアサンを見る。そろそろ船で体当たりしたことで揺れた頭が治ってくる頃合い。


 そのまま卵を持って帰ってくれと願うカシム。


 だがリバイアサンは一向に海へ戻る気配を見せない。それどころか再びブレスを吐くために魔力を溜め始める。


「ダメか……」

『カシム、諦めない』


 グレイはルーンを無数に描き続ける。その大半は攻撃では無く防御。防ぐ、曲げると言ったルーンを大量に空へと浮かべていく。次第に光の塊となったルーンとリバイアサンは同時にぶつかった。


 パラパラと力無く消滅していくルーンは確かにリバイアサンのブレスを押し留めている。だが、明らかに地力が違う。


(このままだと負ける!)


『カシム!船を左に』

「分かった!ネロ、マストを開けるか!?」

「任せて!」


 棒立ちしている冒険者を横目に各々が行動し最善の行動をとる。ネロが閉まっているマストを開き風を受ける。それを確認したカシムは舵を左に向けた。


 次第に移動する船にグレイはブレスを右に逸らすようにする。マストに大穴が空いているためにゆっくりではあるものの確実に移動する。


 もう残り僅かとなったルーンが一気に破壊されて海龍の怒りが船ギリギリを掠める。その衝撃で生まれた波によってリバイアサンから離れる事に成功したが未だ照準は船をロックオンしている。


「ひぃひぃいいいい!」


 口から泡を吐きながら怯えるダイカンにカシムは詰め寄る。


「サハギンはどうやって躱した?帆船じゃあそこは通れないだろ」

「ま、ま、魔封石で通ったんだ!気配を消す奴でな」


(魔封石か……)


「グレイ、いけるか?」

『壊れてて無理。だから代用する』


 グレイは気配遮断のルーンを船につけていく。ただ、魔封石と違いカシム達にも船の気配が希薄になってしまい足元が抜けるような感覚に陥ったものが何人かうわぁああ!と情けない声を上げる。


「これでなんとか逃げられたか……?」

「それダメな時のやつにゃ」


 完全にリバイアサンは船の位置を見失った。まさか自分の最大のブレスを曲げる者がいるとは思いもしなかった彼女は今度その者が卵を取りに来ないよう今、倒すと決めた。


 《《見えないのならば海もろとも沈め》》


「おいおいおい!マジか」

「大津波にゃ!」


 海そのものがたった一隻を倒す為に襲い掛かる。


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