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腐臭漂う豚肉

 海底神殿を目の前にしてマレーアへと帰ることにしたグレイ達はカシムの船に乗り込む。

 かなり無茶な動きをしたにも関わらず目に見える故障がないのは流石の耐久性だと言える。


「アレ反則過ぎ!あの中入ったら粉々になって終わりにゃ」


 カシム、グレイに続いてネロは愚痴を吐きながら船に乗り込む。

 水に濡れた耳や尻尾はしとっと湿り通常より痩せて見える。

 それが気に入らなかったのか体全体を細かく震わせて身体についた水を振り払う。

 

「冷たッ!?おい、アホ猫?水が飛び散ったんだが」

「元々慣れてるんだから気にしすぎにゃ。むしろ乙女の濡れ姿をみて感謝するべき」

「起伏も何もねぇ奴を見ても何も思わねぇよ」

「は?」


 カシムとキャットファイトしているネロを横目に自身がやらかした魔封石の様子を見るグレイは明らかにネロの飛ばした水以外の水分を顔から垂らす。


(ヤバい、どうにかしなきゃ)


 内心焦る気持ちを二人に悟られないように自身の尻拭いをしようとする。魔封石の真下、船の指針を見る為に海水に顔をつける。


 ゴボゴボと自分の口から溢れる泡を掻き分けて船の下を見る。その瞬間、背中をトントンと叩かれたことでびっくりしたグレイはごばっと口に含んだ空気を全て吐きながら海水から顔を離した。


「けほっけほっ『何?』」


 むせる様子とは裏腹に浮かぶ文字は平静を保ってくれる。


「いや、何してんだはこっちのセリフなんだが。アホ猫とのやり取りが面倒くなって、んで気がついたらお前が海に顔突っ込んでた。なにしてたんだ?」

『特に何も。海初めてだったからもう少し見たかっただけ』

「ならいいけどよ」


 咄嗟にそれっぽい嘘をついてカシムの質問をやり過ごしたグレイは胸を撫で下ろす。

 変な奴、とカシムは舵を握る。


「アホ猫、お前が魔封石使えよ?グレイには絶対触らせんなよ」

「分かってるにゃ。グレイはじっとしてて」


 完全に信用が無いグレイを置物のようにして二人は街に戻ろうとする。

 しかし、舵を握っていたカシムが船の異常を感じ取ってしまう。


「ん?舵が軽いな……もしかして。グレイ、しょーじきに話せば許してやる。何した?」

「え、グレイ何かやらかしたにゃ?」


 物心つく前から船に触れ合って来たカシムにはすぐに隠し事など見破られた。船尾の方に歩いてくるカシムにどうしようかと考えるが既にバレているので正直に話した。


 魔封石を弄り暴走させた時、船の船尾には魔封石と舵があった。


『舵を壊しました……』


 爆発に巻き込まれて舵が吹っ飛んでしまったのだ。


「だよなァ?隠し事は良く無いよなァ?しかもこんなすぐバレる嘘はよ」

『………ごめんなさい』


 完全に自分に非があると分かっているのでどんどん小さくなっていくグレイと静かに怒るカシムを見ていたネロは助け舟を出す。


「グレイも反省してるみたいだしそこまで。それより今はどうやって戻るかにゃ。カシム、どうやっても無理そうにゃ?」

「無理だな、向きが変えられないとすると大回りして旋回するしか無いけど、大回りするならアレに突っ込むことになるぞ」


 カシムが指差す先には巨大な渦潮があった。海底神殿を守るように現れた渦が渦潮を引き起こしたのだ。幸いなことに船が引き込まれるようなことはないが向き的に真っ直ぐ進むと飲み込まれてしまう。


「流石にアレに飲み込まれたら船も俺たちもバラバラになっちまうぞ」


 完全に手詰まりになった三人。だが、この船は帆が無いため舵が壊れた今、実質的な前と後ろは存在しない。


『私がなんとかする』


 自身がやらかしたことの尻拭いをしなければならないグレイは再び海に顔をつける。船底にルーンを書いて顔を出したグレイはすぐに船に掴まるように二人に促した。


(風のルーンを魔封石の代わりにすれば何とかなるはず。後は方向は風のルーンで船の向きを変えればいける、かな)


 次第に進み始めた船は魔封石を使った時と同じくらいの速さになった。


「そろそろサハギンの縄張りに入るぞ!」


 既にサハギン除けの銛は壊れているためすぐに奴らは船に寄ってくる。


『掴まってて!』


 追加で更に船底にルーンを追加したグレイによって船はサハギン達が寄り付く前に突破した。


「速すぎだろ!?」

「ちょっと加減ってものを考えて行動するにゃ!」


 水切りをする石のように跳ねるように海を移動する船にしがみつきながら三人はマレーアの港に戻って来た。

 三人とも満身創痍という状況で何かする気にはならない。


「死ぬかと思った……」

「生きてることが奇跡にゃ」

『ごめん』


 グレイとネロはよろよろと船から降りてカシムの倉庫にへたり込んだ。


「今日はもう宿に戻って休む。カシムはどうするにゃ?」

「俺は船を直すからここに居る。そこの馬鹿に壊されないようになんとかしてみるつもりだ」

『本当にごめんなさい』


 船の修理に取り掛かったカシムを置いてグレイとネロは宿まで戻って来た。中に入ろうとしたネロだったが中から小綺麗な服を着た太った男が出て来た。

 そんな男と出会ったネロは「フギャッ」という声と同時にグレイの背後へと隠れる。いや、隠れるというよりはグレイの匂いを嗅いでいる。


「ン〜〜〜?」


 男は下卑た視線でグレイとネロを撫で回すように観察する。

 グレイは全身が逆毛たつ感覚がして自分も隠れたいがネロがいるため隠れられなかった。


「何かあったら冒険者ギルドに来たまえ。色々と冒険者とは何かを教えてやろう。ぶははは!」


 男が去ったのを確認したネロは鼻をつまみながらグレイの背中から出て来た。


「あー臭かった。あの豚みたいな奴香水か何かで誤魔化してるから余計臭いにゃ」

『確かに、変な匂いがした』

「グレイはいいにゃー嗅覚が鋭いのもいい事だけじゃないにゃ」


 二人が先ほどの男について話しながら宿に入る。


「ただいまにゃー。バルの…おっちゃ……何これ」

『酷い』


 宿に入ったグレイ達はまるで強盗でも入って来たかのような有様の宿屋が広がっていた。


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