海龍結界
「この下に海底遺跡がある。いつ奴が出て来てもおかしくないから簡単に説明するぞ。まず潜る、そしたら奴を倒す」
『わかった』
「了解にゃ!……じゃなーい!もっと何かにゃいの!?こう、弱点とか」
カシムの雑にも程がある作戦にネロがたまらずツッコミを入れる。
「あったら市場の連中は諦めてねぇよ。正真正銘バケモノなんだ、リバイアサンは」
『取り敢えず見てみよう』
グレイがまず海へと飛び込んだ。それに続くようにカシムもどうように飛び込む。
(冷たい。それにしょっぱい。本当に塩水なんだ)
グレイが初めての海水に関心を持っている間カシムは水中を見る。下にはかつての文明の遺産、まるで大神殿のような建物が海に沈んでいる。
二人がそのようにしている中、一向にネロが海に降りてこない。そのことに気がついたグレイはネロを呼ぶ。
『なにかあった?』
「そのぅ、実は海が苦手で……」
指をちょんちょん、くるくる回し耳を垂らしながら全力で海がダメなことを表す。カシムも偵察を終えたのか海面へと上がってくる。
「あ?まだアホ猫は降りて来てねぇのか」
「誰がアホ猫にゃ!」
カシムの挑発になりはするものの海に近づこうとはしないネロを見てグレイはルーンを起動する。
『ここまで来たんだからさっさと降りる』
ネロを風を使って強制的に着水させたグレイはその風をネロに纏わせる。
「な、何するにゃ!泳げないんだけど!?し、死ぬーーー!あ、あれ?」
ひとしきり騒いだ後自身が沈まないことに気がついたネロはやっと静かになった。簡単に今の彼女の状態を説明すると見えない風の浮き輪を腹と脇あたりに付けている。
「やっと降りて来たか。んで、海の中で呼吸できるように出来るって言ってたよな。いけるか?」
『やってみる』
グレイは海水に頭まで浸かる。実はグレイには不安要素が二つほど存在した。
一つはルーンを呼吸する為にのみ使うことなど一度もなかったこと。問題なくそういう仕様にできるか、これが一つ目。
二つ目は水中でのルーンの行使が可能か。基本的にルーンを使う時は空中が多かったグレイは水中、まして塩を含む海水で発動できるか分からなかった。
(固定、風のルーン起動)
水中でのルーン文字を描き口の付近に固定する。すると口の周りにエアポケットが出現する。
すーはーすーはー、と呼吸を何回かして問題ないことを確認したグレイは解除して浮上する。
「で、どうだった?」
『問題ない』
「よし、じゃあ『ただし』何だよいい感じなのに」
カシムの言葉を遮ってグレイは注意点を説明する。
『まず、普通に息はできる。何回でも。ただしずっとじゃない。私の魔力が切れたらその瞬間、息ができなくなる』
「どのくらいにゃ」
『1時間』
莫大な魔力を持つグレイだが三人分の空気を作り口に固定し海水の中でも維持するとなるとそれなりの魔力が持っていかれる。
安全に完全に持つのは一時間であるとそう告げた。
「一時間なら余裕だろ。で、終わりか?」
『一応は。初めてだから他に問題があるかもしれないけど』
「一時間海に潜れるだけで十分過ぎるくらいだ。アホ猫、そろそろ慣れたか?」
「問題ないにゃ。グレイのくれたこれで何とかいけそう」
ネロはグレイのお陰で沈まないし息が出来るようになって万全だと思っていた。だが、お腹と脇辺りにある風のライフジャケットのせいで潜ることができない。
だから、グレイは解除した。
「ニッ」
声にもならない悲鳴と共にネロは海中へと沈んでいった。その様子を見ていた流石のカシムもネロの安否を心配する様子を見せる。
『息はできるから問題ない。行こう』
「お、おう。そうだな』
(こいつ怒らせるのやめよう)
グレイの底知れぬ純粋さから来る強行を前に逆らうべきではない人間がいることを学んだカシムであった。
初めてとは思えないくらいに上手く泳ぐグレイは海底遺跡の前に到着した。既に溺れながら到着したネロが恨みがましそうに睨んでいることを除けば問題はなかった。
「グ〜レ〜イ〜?」
『ごめん』
解除する前に言うべきだったと反省の言葉を述べながらもグレイは海底遺跡の壁に興味を示す。
マレーア同様石で出来ているがまるで芸術のように紋様が彫られている壁には絵が描かれていた。
『これは』
「さぁな、元々はリバイアサンもここにはいなかったらしい。爺さんのそのまた爺さんの話だけどな」
「へぇー意外とカシムそう言うのに興味あるのにゃ?」
「耳にタコができるくらい聞かされたせいだ、別に興味ねぇ」
(浮かんでる人?と手を伸ばして跪く人、それから魔獣かな。あ、人が魔獣を倒してる)
グレイが見た壁画は何かから人間が力を授かり魔獣らしきものを打ち倒すといった内容だった。
よく見る英雄譚と同じような展開だ。特に特出する事はないと、壁画から興味をなくす。
残る興味はリバイアサンのみ。
「中に入るぞ」
カシムが先行して海底遺跡に入ろうと近づく。その時、グレイとネロがそれぞれの感覚で危険を察知する。
グレイは魔力の、ネロは音の異変を感じ取った二人は急いでカシムを遺跡から遠ざける。
唐突に二人に引っ張られたカシムは抵抗すらしない。
二人はカシムを引っ張る途中に目撃する。海底遺跡の周囲を強烈な竜巻、いや渦の群れが囲む。
「あ、危なかったにゃ……」
「リバイアサンが遺跡に入らないように細工しやがった……!」
試しにグレイがルーンを使って攻撃してみるものの岩でさえ瞬時に塵へと変わった。
まさに海流の結界。渦のミキサーに飛び込めば生身の三人はひとたまりもないだろう。
「くそっここまで来たのに!」
カシムは何かに当たりたい気持ちを発散できずに手を強く握る。それはグレイ達も同じだった。
『帰ろう。一度作戦を練り直そう』
「それしか……ない、か」
グレイ達は海底遺跡から離れて船へと帰還した。




