不漁に遭遇
初めて見る海に感動しながらグレイは馬をゆっくりと走らせる。
もちろん、グレイは知識だけなら海を知っていた。真っ青で水平線の先まで広がる塩の泉。だが、想像上のそれを遥かに上回る本物を目にして彼女が思うことは一つだ。
『綺麗』
「そりゃあ観光地にもなるくらいの街だからにゃー。海もそうだけど街もここだけで見られる建築だらけにゃ」
まるで自分のことのように胸を張ってドヤ顔で説明するネロの話を無視してグレイは街や海を見る。港に泊まる船や離れた場所にある砂浜、見たことの無い植物がこの街にはたくさんある。
ボロ小屋からと比べればホリックの街もそうだがこのマレーアという街も十分、グレイにとっては正しく異世界だ。
『ネロのいた街も……』
(あれ?いない)
自分の世界に入っていたグレイはネロの存在を思い出したが肝心の本人の姿がない。辺りを見渡して探すと「魚ぁああ今行くにゃー!」と街にダッシュするネロの姿を見つけた。
追うことも考えたが馬を預けなければならないし、街に入ればあの特徴的な姿ならすぐ見つかるだろうと放っておく事にした。
「ようこそーおよ?女の子一人とは危ないなぁ。まぁいいか!マレーアにようこそ!」
『猫耳のある人通らなかった?』
今度こそ白い板を使って街の入り口に居た人に話しかけた。だが、かなり良く言えばおおらかな人のようだ。
ホリックの街とは違いかなりザルな警備をしているマレーアには門兵というものは存在しない。と言うより入るのも出るのも自由という感じだ。
一応人はいるが警備というよりは観光案内人に近い。半袖短パン、体は日に焼けているのか茶色に焦げている。
「あぁーあの子の連れなのか。それなら市場の方に真っ直ぐ向かったよ?」
『ありがとう。馬はどうすればいい?』
「それなら突き当たりを左に行けば宿泊街さ。馬で来る人もいるから大体のとこには馬を止める場所があるはずさ」
入り口にいた人に礼をし、馬を乗りながらでは危ないので手綱を握りながらグレイは教えられた道を進む。途中、家を見ながら歩くグレイは土地によって建築様式が全く違うことに興味を持った。
ホリックの街は基本的に魔獣との防衛の歴史が建築にも現れている。十年に一度くる災厄の度に街を石で直していたら元通りになど何年経っても戻らない。その為に、比較的簡単に建て直せる木材を基本として建築されている。
対してマレーアは木材の建築が一つもない。潮風の影響か、とグレイは考えた。木造の建築だと潮風ですぐダメになってしまうと思ったからだ。
他にも色鮮やかな花や木の数々はホリックの街では見られなかった特色だ。
そんな景色に気を取られていると大きく【海龍の宿屋】と書かれた建物から怒鳴り声が聞こえて来た。
「五月蝿ぇクソ親父!俺はやるんだ、弱気になった野郎の説教なんか受けねぇよ!!!」
建物に気を取られていたグレイはパッと宿屋の方を振り向くと前を見ていないグレイよりも背の高いこれまた綺麗に焼けた男子が飛び出して来た。
咄嗟のことすぎて避けられなかったグレイと男子は激突する。だが、馬の綺麗なフォローにより支えられたグレイによって逆に跳ね飛ばされた男子は尻餅をつく。
何が起きた!?、と驚く表情を浮かべる男子はグレイの顔を見てボンッと顔を赤くした後すぐに海の方へと走り去ってしまった。
(何だったんだろう……)
『ありがとね』
「ヒヒン」
助けてくれた馬を撫でていると「待てや、カシム!いててて」という情けない声を出す大柄の男が出て来た。
長いボサボサの髪に半袖短パン、髭を生やし指の出た靴を履いた格好は確かにジークを見ているグレイから見ても『無いなぁ』と思わせる容姿だった。
「ん?嬢ちゃん、今ガキが出ていかなかったか?」
『あっちに行った』
グレイは先ほどの男子が走り去った方向を伝える。それを見た男は「またアイツ……!」と言い追おうとする。だが、脚を押さえて痛そうにうずくまってしまう。
そんな姿を見たグレイは咄嗟に支えようとするが手で静止されて止まる。
『脚、痛いの?』
「いや、怪我は治ってる。たまにな、血の一滴も出てやしねぇのに痛むんだよ。ハッ舐められるのも当然か」
半ば自暴自棄的に自笑する男は切り替えたように歯を見せて笑う。
「馬を連れてるってことは客か!おう、入れ入れ!今は何処も空っぽだからよ、好きに使ってくれや、はっはっは!」
『ありがとう、お世話になります』
「なぁに、宿屋が客泊まるのに礼なんかいらねぇよ。敬語慣れてねぇんだろ?自然体でいいぜ、俺はバル。さっき出て行ったクソガキがカシム、俺の倅だ」
『私はグレイ』
顔が見えないが確かに似ている気がすると思ったグレイは何故喧嘩していたのか聞いてみた。自分は親と喧嘩したことが無い為にその理由が聞いてみたかったのだ。
「そりゃあまぁ良くある思春期ってやつだろ。親がうざったらしくて反抗してぇんだよ、きっと。だからってアイツは………!っとといけねぇこんな話客にするもんじゃねぇな」
『ごめん』
心配すんな、と手をひらひらさせて茶化すバルは話を切り替える。
「グレイの嬢ちゃんは市場にはもう行ったか?この街の名物だから行ってみるといいぜ。尤も、ちょっと時期が悪かったけどな」
(………?)
◇◇◇
バルが教えてくれた市場に向かったグレイは一際大きな建物を見つけた。港に面したこの建物こそマレーアの誇る大市場である。
活気溢れる市場はホリックの街の慰霊祭並みの賑わいを見せ、人混みがとてつもない勢いで濁流のように流れていく。
(そうだ、ネロ探さないと)
グレイは店の店員にネロを見ていないか質問をする。すると、「あぁ、そのねぇちゃんならあっちの鮮魚飲み屋の方に行ったぞ?」と言われたので向かう。
更に「あっちに行った」「ふらふらそっちに向かってるの見たなー」などの情報からネロがいる場所を見つけた。
焼き魚売り場と書かれた店のテーブルに突っ伏して項垂れているネロを発見した。肩をトントンと叩き、起こす。するとまるでゾンビのようにゆらぁ〜と起き上がると「……………ないにゃ」と小さく呟く。
『何が無かったの?』
純粋になんで言ったのか聞き取れなかったので聞き返しただけなのだがそれがネロの琴線に触れたらしくガバッと立ち上がる。
「魚が無いのにゃ〜〜〜〜〜〜!!!」




