今度は玄関から
シオの話を聞き部屋を後にするグレイ達はギルドのエントランスに戻った。そして、パーティーの加入届を出すために受付に並ぶ。
二週間後までに街にいるか外に出るかを決めなければならないにしても冒険者達への牽制の意味を込めてパフォーマンスをしておかなければならなかったからだ。
順番が回ってくるまでグレイは勿論のこと、レイラやライラ、賑やかし担当のジークまでもが沈黙を貫いていた。各々の選択がグレイの、ジーク達全員の運命を変えてしまうとわかっているからこその沈黙だ。
「ぁ、えっと、これからどうしよっか……」
パーティーの加入申請が終わり、周りの視線が残念そうに外れていくのを感じながら意を決して最初に声を出したのはレイラ。
だがその声は自身でさえ何を話して良いのか分からないまま搾り出したもの。酷く弱々しい。そんな時、ジークが依頼が貼られている掲示板に歩き出した。そして、目に付いた依頼書を引きちぎる。
「ジーク……?」
「難しいこと考えても仕方ねぇ。こういう時は体動かしたほうがいい案が見つかるだろ!なっ?」
「そう、ね。まだ時間はあるんだし気分転換しましょ!」
いつものような笑顔で暗くなった空気をジークは入れ替える。よく見れば無理やり笑ってることは分かるのだが全員それについて話すものはいなかった。
依頼を受注して外に出たグレイは眩しさのあまり一瞬下を向く。朝早くに来たはずが真上に太陽が昇っていた。
「今回の依頼は……まぁスタンピードの後始末だな。魔獣のせいで逃げた奴らの討伐が俺たちの依頼だ」
東門に向かう途中にジークがグレイに依頼書を見せながら説明する。門の前にある貸し出し馬の前で一行は止まる。
逃げた獲物は門から少し離れた地域に潜伏している為移動手段として使う為だ。
「そういやグレイは馬には乗れるのか?」
馬に関してはジークに助けられた時が初めて見た時だったりするグレイは首を横に振る。当然乗馬の経験はない。
その反応を見てジークはイタズラ小僧のような顔を浮かべる。ようやく調子が戻ってきたらしい。
馬を二頭引き連れ東門を出たグレイ達は門の脇に移動した。
「良いか〜?この鐙に足をかけて、地面を蹴るようにっと一気に乗り込め。後は背筋を伸ばしてバランスだ。良し、俺みたいにやってみ」
ジークが乗馬のやり方を実践しながら説明する。グレイは今自分が置かれている状況を忘れ目を輝かせてそれを見る。
ジークが手綱を持ちながらグレイを呼ぶ。鐙に足を掛けるグレイだが遠くから見ていた時よりも馬が大きく感じた。
当然、子供用の馬などはない。大人が乗るような大きさの馬に背が小さいグレイは苦戦する。それでもジークは手伝わない。
「手伝ったほうがいいんじゃない?」
「ジークの鬼畜、鬼」
「良いんだよ、これで」
レイラ達に咎められながらもジークは見守る。
(どうしよう、足が届かない……そうだ、強化のルーン起動)
グレイは足にルーンを描く。そうする事で脚力を上昇させ馬に飛び乗った。
「ヒヒンッ!?」
急に何かが飛び乗った事で馬が驚き暴れ出す。そのせいでグレイはどうすれば良いのか分からず慌て出す。そんなグレイにジークは助言を出す。
「背筋を伸ばして手綱を握れ!あとは落ち着いて我慢だ」
ジークが投げ渡した手綱を握る。ジークのいう通りにグレイは耐える。すると次第に落ち着いたのか馬がぶるるッと言いながら止まった。
恨みがましそうにみるグレイを見ながら「悪りぃ悪りぃ」とヘラヘラするジークを双子姉妹が叩く。
その後、レイラがグレイと共に乗り馬の乗り方を指導する。ジークはというとーーー
「なぁ、俺も乗せてくれよぉ〜」
「ダメ、グレイが許しても、私が許さない」
ライラによって強制歩きの刑に処されていた。それを見て笑うレイラとグレイ。ギルドにいた時とは空気が変わっていた。
そして馬で移動する事しばらく、一行は森の中に居た。馬を木に止めて改めて作戦会議をする。
「今回の依頼はゴブリン討伐。グレイくらいの背丈の奴らね。魔獣から逃げてこの森にある洞窟に逃げ込んだらしい。街道を通る人を襲うから今のうちに討伐しておきたいみたい」
「アイツら放っておくと黒いアイツみたいにどんどん増えるから今のうちに、な」
あらかた説明したところで目的の洞窟の外まで移動した。外には見張りのゴブリンが二体。
ボロボロの服を着て手作り感満載の武器を持っている。
「それじゃあ手筈通りに」
ライラが背中に持っていた弓を持ち矢をつがえる。手に持つ矢の数は一本。ギリギリ、と音が鳴り今にも弾き飛ばされそうな矢が待機する。
「【ウィンド】」
ライラの矢は一体目の眉間を正確に撃ち抜く。それに驚いたもう一体のゴブリンはすぐさま仲間を呼ぼうと洞窟の方を振り向く。
だが、まだライラの狙撃は終わっていない。
一体目のゴブリンを射抜いた矢がそのまま貫通し、本来あり得ないような挙動で二体目のゴブリンに命中する。仲間を呼ぼうとしたゴブリンは声を出さないまま力尽きた。
「流石!いつ見てもライラの射撃はすげぇな」
『うん、かっこよかった』
ライラは、いやレイラとライラは《《貴族だ》》。勿論、跡目は兄が引き継いでいるので問題はない。そういうわけで魔法が使える。人前では基本使わないが今は周りに誰もいないため使い放題な訳だ。
「良し、それじゃあ中の奴らを倒しに行こう。レイラ、あれよろしく」
「はいはい、闇を見通す目を我らに【ダークビジョン】」
レイラが暗視の魔法を全員にかける。盗賊を倒すときにも使っていたのだがこれによって暗い洞窟も外と同じように見えるようになった。
その後は蹂躙、その一言に尽きる。グレイのルーンとライラの狙撃で遠くのゴブリンを倒し近づいてきたゴブリンたちをジークとレイラが斬る。
グレイが意外だと思ったのはレイラは魔法を補助として使い基本は針のように尖った【レイピア】と呼ばれる武器で戦う事。心臓を突き刺したり、しなる剣でなます斬りにしたりと意外と前線に出るタイプだった。
「グレイ、討伐部位取り終えたかー?」
『大丈夫!』
ジークに笑いかけ問題ないことをグレイは示す。
ギルドではゴブリンの討伐確認をする為に右耳を提出する。剥ぎ取り用ナイフで右耳を文句も言わず黙々と剥ぎ取っていった。
全てを取り終えたことを確認した一行はグレイの火のルーンを使い死体に火をつける。他の動物やゴブリンなどの怪物《》が死体を食うと魔獣が発生する確率が高まるのだ。
急いで洞窟の外に移動した一行は馬の元に戻り夜を明かすためにテントを設営する。テントを建てるのも初めてなグレイは手取り足取り教わりながら初めてのテントを組み立てた。
最初にジークが周囲の警戒を買って出てグレイ達はテントで寝ることになった。
色々気を張っていたレイラとライラはすぐに寝ついた。グレイが戦えると分かっていても守らなければという意識がまだ抜けないようだ。
レイラ達の寝息が聞こえ始めた頃、グレイはルーンを自分の身体に書いて外に出た。焚き木を前に座るジークの後ろを歩くグレイ。
「どうした、グレイ。寝れないか?」
『…………………………どうして、分かったの』
《《グレイの身体が闇から溶け出すように現れる》》。グレイは自身に透明化と消音のルーンを使っていた。ジークにはバレないはずだった。
「いや、なんとなくお前ならそうするかなって。お前って無理してるときに笑う顔はすぐわかるんだよ」
『………』
俯くグレイにジークは顔を見ないで独り言のように話し出す。
「俺さ昔、盗賊に親を襲われてさ。塞ぎ込んでた時にレイラ達が一緒にいて励ましてくれたんだよ。それから冒険者になる時も一緒に来てくれた」
ジークが話し出したのは自分の過去だ。そしてかつての自分とグレイを重ねていたのだと独白する。
「だからグレイがどんな選択をしても俺は応援するし手伝う。俺たちの前から消えるようにいなくなるのだけはやめろよな」
グレイは目に溜まる雫を溢しながら繰り返し小さく頷く。それは誰よりもグレイに寄り添って彼女の気持ちがわかるジークだからこその言葉だ。
焚き火をつつくジークの隣にグレイはちょこんと座る。グレイが小舟を漕ぐまでジークは話し続けた。




