グールプ二・大学生
グループ二・大学生
私は神崎君の二、三歩ほど後ろをちょこちょこと歩いていた。さっきから何も喋ってくれない。せっかく、私が自己紹介――といっても、ほとんど暴露話――をしてあげたのに……
大学に通っていたある日の事だ。
私は一人の男性に一目惚れをしてしまった。
その男性の名前は神崎直斗といって、成績優秀、運動神経抜群の天才青年だ。いつも物静かで、必要な事以外は話さないといった変わり者でもある。
私はたまたま、大学の庭にあるベンチに彼が座って、本を読んでいるところを見つけてしまったのだ。でも、私は彼に話しかける勇気が無く、その時は何もできずに一日を終えてしまった。
次の日になり。また同じ場所に居るのではないかと期待して、あのベンチに行ってみた。心のどこかでは、そんな都合のいい事が起こる訳無いと思っていたのかもしれない。しかし驚く事に、彼はそのベンチで昨日と同じように読書をしていたのだ。だけど、やっぱり私は何一つ行動を起こす事が出来なかった。
その後日。半ば諦めかけていた私は偶然、友人から彼の話を聞く事になる。友人によると、時間にばらつきはあるものの、彼は毎日あのベンチで何かの本を読んでいるらしい。
それ以来。私は暇があれば、そのベンチに行くようになった。
彼がいた時は、近くの木陰や原っぱからそれとなく遠巻きで眺める。いなかった時は、彼がいつ来るかと胸をわくわくさせながら少しの間だけ待ってみたものだ。今思えば、私が勇気をもって行動を起こせば、いくらでも知り合うチャンスはあった。
彼との接点がないまま、早一年近くが経とうとしていたある日の事。
なんと、私は帰り道の途中で彼を発見してしまった。いけないと分かっていても、私はつい彼の後をつけてしまった。別にやましい事を考えていた訳じゃない。ただ、もしかしたら。彼に話しかける機会があるかもと思っていただけだ。
そうしたら、私はたまたま彼と同じ電車に乗り合わせてしまった。本当にたまたま、偶然の奇跡というやつなのだ。せっかく駅まで来たから行ける所まで行っちゃおう、など軽いノリでは決してない。
電車に数分揺られていると車内が急変。色々あって、私と彼だけが車両に残されてしまった。
その後、現在に至る私こと野中汐莉であったと。
この甘く切ない話をしても、神崎君は「君はストーカーか?」という一言で片づけてしまったのだ。彼は人の心、いや乙女心に鈍い人間だった。
「……そうだとすると……いや……」
神崎君は相も変わらずぶつぶつと独り言をつぶやいている。この状況を一人で脳内検証でもしているのだろうか。頭の中が様々な情報でごちゃごちゃにならないのかな。
私が彼の様子を数十センチ後ろから見ていると、
「おかしい……」
彼はぽつりと呟いた。
「この電車自体がねじれているとでも言うのか?」
「ん?」
「だったら、この事にも説明はつくが……」
ああ。神崎君の自問自答ね。そりゃ、そうよね。私なんかに話しかけてくる訳無いよね。
なら、私から話しかければ……
私は喉の渇きを自分の唾で潤す。
「わ……、わた……、……わたし!」
やっと一単語言えた――と思ったら、不気味なメロディーがどこからか鳴り響いてきた。この静かな空気に突き刺さるような不安定なメロディーで、心がかき乱されそうだ。
『現在……、……を……通過中です』
車内アナウンスがぷつりと切れ、この車両の自動ドア四つがひとりでに開いた。
電車は走行中なのに、開いたドアの外からは風を切る音が一つもしない。外には吸い込まれそうになるほどの魔力を持った暗闇が広がっている。まるで、ドアに漆黒の壁が取り付けられ、外界とのつながりを遮断されているようだ。
「何、今の。通過中って、どこを?」
私は誰かに聞かせる訳でもなく、声を絞り出した。訳が分からない。一瞬にして、空気が暗く濁ったような気がする。
突然の事に困惑する私を尻目に、神崎君は口を開いた自動ドアの前まで近づく。そして彼はあろう事か、外に広がる暗闇の中へ片手を突っ込んだ。その手は何の抵抗も無く、するすると奥へ飲み込まれていく。彼には恐怖という感情が無いのだろうか。
「……入ってみるか」
神崎君は身を丸めて、今にも外の暗闇へ飛び込もうと身構える。
「えっ! ちょ、ちょっと、神崎君。 危ないよ。 私達、運転席に行くんじゃなかった?」
私の呼びかけに神崎君は思い止まったようにこちらを見てきた。全く、いきなり何をしだすのかと思えば……
「別に、君もついて来いとは言っていない。俺が何をしようと勝手だ」
神崎君はつれない事を言い残して、外の暗闇へ飛び込んでしまった。その場に私だけが取り残される。不定期に電車の走行音が聞こえ、私はものすごく寂しい気持ちになった。それに、一人は怖い。
「待ってよ! 神崎君!」
少し迷ったけど、私は腹をくくって未知の世界へ飛び込む決心をした。一人になるよりはましだ。私はぐっと目をつぶって、外へ向かって勢いよく地面を蹴った。
私が再び地に足をつけると、そこは駅のホームだった。やった! 元の場所へ帰れた――と思ったら違った。
ホームの照明がちかちかと不安定に点滅している。どこを見ても、そこに人影は一つも無い。形状は相対式ホーム――駅を二つ向かい合わせたもの――だろうか。ホームの外は真夜中と思えるほど暗かったが、そうではなかった。真夜中だから暗いのではなく、何も無いから黒いのだ。このホーム以外の世界が創られていないようだった。なんて異様な場所だろう。
私は先に来ている筈の神崎君の姿を懸命に探す。もういなくなっているかもしれなくて、少々不安だった。こんな所で独りぼっちになるなんて嫌だ。
近くにある待合室を覗くと二人の人がいた。神崎君だ。彼の姿を見つけ、私はホッと胸を撫で下ろした。なんとか置いてきぼりにはされていないようだ。
「良かった」
私は駆け足で待合室の中へ入り、神崎君の背後へ歩み寄る。
「神崎君。なるべく、一緒に行動しようよ。ねっ?」
神崎君は私に背中を見せたまま、じっと立ち尽くしている。その様子は私を無視しているというより、私の声が全く耳に届いていないようだ。
「どうしたの?」
もう一度呼びかけても、神崎君はぴくりとも反応しない。一体どうしたというのだろう。よく見ると、彼の後頭部が少し前に傾いている事が分かった。もしかしたら、さっき待合室を外から覗いた時にいた、もう一人の誰かを見ているのかもしれない。
この待合室にもう一人誰かがいる事を意識した途端、急に生臭い臭いが私の鼻をついてきた。正確に言うと、鉄と水が混ざったような臭いだ。これって、……もしかして!
私は嫌な予感がして、神崎君の背中から顔を覗かせた。その先にある物を見た瞬間、私は息をのんだ。
そこには人間の死体が椅子にもたれかかっていた。死体は男性のものらしく、口からは真っ赤な液体がだらだらと溢れだしている。目は天井を仰ぎ見るようにして、大きく白目を剥いていた。それは苦痛にもがき苦しみ絶命したかのような死に顔だ。
「嘘……。人が死んでる?」
私は体に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちた。ここは普通じゃない。ここは私たちのいた世界とは違う場所なんだ。
「なんで……、死んでるの?」
「……毒だ」
神崎君が突然口を開いた。
「恐らく、注射器のような針で体内に毒を入れられたのだろう。肌が異常に白くなっている。それに、口以外からの出血が見られないことからもそれはあきらかだ」
この人が誰かに毒を盛られたって事? そのわりには、毒に苦しんで暴れた様子が見られないのだけど。
「毒って、即効性の物だったの?」
「いや。遅効性の毒だろう」
「えっ? でも、毒に抵抗した様子が無いよ。喉元とか、胸のあたりとか掻きむしった跡も無いし」
「死体の手首と足首をよく見てみろ」
私は少しためらったが、神崎君に言われたとおりに死体の手足首を調べる。すると、人の手形のような跡がくっきりと付いている事が分かった。私は思わず、息をするほど小さく声を上げる。
「何これ?」
「二人か四人がかりで押さえつけられた跡だろう。それも真っ赤な跡が残るほど力強く」
誰かに押さえつけられていたから抵抗した痕跡が無いのか。毒を盛った上に束縛して殺すなんて残酷過ぎる。
「誰がこんな酷い事を……」
「近くにまだいるかもしれないな。殺人犯が」
それって、私たちも殺されるかもしれないって事? それならここにいたら危険じゃない!
「早く、ここから離れようよ!」
神崎君は顔色一つ変えずに私を無視して、待合室の空席を調べ始める。神崎君は殺されるのが怖くないだろうか。私だけでも逃げたかったけど、こんな所を一人で歩くのはもっと怖い。
それにしても疲れた。丁度ここには椅子があるのだし、ちょっとだけ休憩しよう。私は辺りを警戒しながら、待合室の隅っこにある死体から離れた空席に座ろうとした。
「おい! 椅子に座るな!」
「きゃ!」
神崎君が物凄い声で叫んだので、私の背中に一本の筋が通った。
「何……?」
「椅子には毒針が付いている」
「毒針?」
そんなものが椅子に付いていたら気付きそうだけど。
私は念のため椅子を触れないように注意し、針が付いているのか確認する。私の顔と椅子の間が数十センチと縮まった所で、
「本当だ……」
確かに針が付いていた。それも、肉眼では見落としそうなほど細い針が椅子にびっしりと。この針の一本一本に人を苦しめる毒が塗ってあるのだろうか。こんなのに座ったらひとたまりの無い。私はその椅子から毛虫を連想して背筋がぞっとした。
「ありがとう、神崎君。もう少しで私は死んじゃうところだったよ」
実際にそうなったら笑い事では無い。
神崎君はもうここに用は無いとばかりに待合室から出て行く。ここはあらかた調べ終わったのだろう。私も置いていかれないように神崎君を追いかけた。
「ねぇ、神崎君」
「……あれはどう考えても人為的なものではない。この際、常識は捨てたほうがいいのか」
神崎君は聞く耳持たず。さっきはあんなに話をしてくれたのに。
「またか……」
「またって……、ひっ!」
また死体だ。しかも、上半身と下半身が真っ二つになっている。死体の切断面から流れ出た多量の血は、周りの床を赤色に染め上げていた。死体の切断面から生々しい内臓が顔を覗かしている。胃や腸らしき内臓はまだみずみずしく、死んで間もないのだろう。
「うっ」
あまりにも衝撃的な光景で私は精神的に耐えられなかった。さっきの死体といい、ここでは普通に人が死んでしまうのだろうか。
私との温度差がある神崎君は黙って死体を調べ始めた。その行動一つ一つにはなんのためらいも無い。手つきそのものは手慣れているようにも見える。
「これは……」
神崎君が何か見つけたようだ。死体を見るのは嫌だが、神崎君が見つけたものも気になる。私は神崎君の声が向けられた所へ、じわじわと視点を移動させた。
“キリトリセン キケン”
と、床に書かれていた。血文字で殴り書きされたような文字だ。最後の文字から引いている線をたどると、死体の人差し指に行きついた。死体が死ぬ間際に書き残したものだろう。
「この“キリトリセン”って、何のことだろう?」
「駅のホームで“キリトリセン”と言ったら、あれの事だろう」
今の疑問は、自分に聞いたつもりだったのだけど。答えてほしい時には何も言わず、別にそうでは無い時は返事をしてくる。神崎君が何を基準にして、私と接しているのかいまいち分からない。
「あれって?」
「……駅のホームのある所には白い点線がある。そして、“キリトリセン”も大抵は点線だ。ここまで言えば分かるだろう?」
なんとなく分かるような、分からないような。どうせ教えてくれるなら、もっと具体的に説明してほしい。私は眉をひそめ深く考え込んだ。
「そこ」
神崎君がそう言って死体を指差した。私は指が差された所を見てみる。
「そこじゃない」
じゃあ、どこだというのか。再度、神崎君の指先を目で慎重にたどった。
そこには所々途切れている白線がある。死体の上半身と下半身の切断面で挟み込むようにして、その線が床に引いてあった。白線を越えた所には段差があり、その下に線路があるようだ。とすると、この白線は電車が通過する際の警告線だろう。
「分かっただろ」
「……うん。なんとなく」
本当におぼろげな事しか理解できなかったが、神崎君が言いたい事はよく分かった。もしそれが事実だとすると。ここはとんでも無く恐ろしい場所だという事になる。この先を進むなら細心の注意を払っておかないと、私達は本当に死んでしまうかもしれない。
「ん? 今、何か」
神崎君が突然、全速力で階段へ向かって駆けだした。
「えっ? ちょっと、どうしたの!」
神崎君は減速する事無くホームの二階へ続く階段を駆け上がっていく。私は訳が分からないまま、全速力で神崎君の跡を追った。
階段を駆け上がる足音が左右の壁にこだまする。階段は異常に長かった。私は体力があまり無いため、すぐに息切れしてしまう。それでも、神崎君に置いていかれないよう、一生懸命に階段を走り続けた。
「はっ……、はあっ……! ……神崎君っ! ……なんで……そんなに走るの……?」
「人影だ」
私の数段先を走る神崎君が息を乱さずに言った。神崎君は案外体力があるみたいだ。
「はあっ……! 人影?」
「そうだ。顔はよく見えなかったが、背丈からして十何歳ぐらいの子供だろう」
子供? だとしたら、なんで私達から逃げるのだろう。普通、こんな所で人を見つけたら近寄って助けを求めそうな感じだけど。少なくとも、二十歳である私でもそうするだろう。
十数分ぐらいかけて、やっと階段を上がり切る。そこでようやく、神崎君が足を止めてくれた。私は呼吸を荒げながら手で膝を支え、腰をかがめる。
「ふぅ……。神崎君……、見失っちゃった?」
「ああ。それに、どっちに進めがいいか分からない」
私は息を整えてから、ゆっくりと顔を上げた。
ここから通路は左右に枝分かれているようだ。天井の頼り無い照明が、筒状に造られたこの通路を薄らと照らしてくれていた。私の荒い息遣いが不気味なほどよく響く。左右どちらの通路の先にも不自然に設置された扉が存在している。通路上にぽつんとたたずむ奇妙な扉。それは、私達をどこかへ誘っているような意思を感じた。
「これ、どういうことなの?」
「分からない。しかし、さっきの人影がこの扉のどちらかに入った事は間違いない。……ん?」
神崎君が右の通路上にある扉に目を向けた。私もつられてその扉を見る。
引き戸らしき扉はいつの間にか半開きになっている。その隙間から青白い肌色をした片腕がはみ出しており、私達に向けて手招きをしているようだ。
「何あれ。気持ち悪い」
あんな怪しい手招きに誰がつられるものか。よほど馬鹿じゃない限り、あの手招きにはついていかないだろう。
私の警戒心を一切くみ取らず、神崎君は手招きされる扉へ一気に走り出した。
「あれ? 神崎君、絶対危険だって! そっちに行っちゃ駄目だよ!」
神崎君は私の声に一切耳を傾けない。
「ねえ! 聞いてるの?」
「怖いなら、ついて来なくていい」
そう言って、神崎君は吸い込まれるように扉へ入っていった。薄暗い通路には私一人。風が通り抜けるような不気味な音が聞こえるが、きっと私の空耳だろう。
「怖くないから、ついていくよ!」
私は強がっているのか、怖がっているのか。自分でもよく分からない発言をする。とにかく、神崎君と一緒にいたかった。
私は神崎君の後を追いかけ扉を向こうへ入っていった。
扉の向こうは電車の車内だった。車内の照明はろうそくの火のように乏しい光で、辺りがよく見えない。車窓の外にはほのかな光すら無く、無の世界が途切れることなく広がっている。
「どうなってるの? この扉を開けたら……」
後ろを振り返ると、先程入ってきた扉はどこにも見当たらなかった。まるで、最初から何も無かったかのように跡形も無く消えている。
「なんで……? たった今、そこにあった扉を……」
おかしい。私の気のせい? でも、確かに私は扉を開けて中へ入った。そうしたら、また車内に戻ってきて……
「ああ! どうなってるの!」
そうだ。私は疲れているんだ。少し休めば正気に戻るよ。
ほのかな光に照らされて見えるシーツの輪郭を頼りに、私は座れる場所へ移動する。恐らくシートだと思われる所まで来ると、私はそこへ腰を落ち着けた。
ねちょ、とした感触が私の腰を撫でる。液体とかそういうものではなく、布らしきものが湿気ているような手触り。でも、普通の電車にあるシートの質感という訳でも無い。
私は徐々にこのシートを不審に思い始めた。かといって、それを確認しようにも車内が薄暗いために目の自由が利かない。どうしようもないので私は気にしない事にした。
天井の照明がぱちぱちと音をたてて、辺りに眩しい光が染み込んでいった。視界いっぱいに白い光が広がる。電車の照明が復旧したのだろう。
これなら、変な感触のするシートがなんなのか確かめられる。私は自分が座っているシーツの上に目を落とした。
「えっ? きゃあああっ!」
私は驚きの余りシートの背を勢いよく突き飛ばした。私の体が仰向けになって、力無く床へ崩れ落ちる。これは一体なんなのよ。
私の目には、明らかに人間の皮膚で作られたと思われるロングシートが映っていた。シートは薄汚れた肌色で、人の顔らしき皮膚があちこちに点々と付いている。よく見ると、糸で縫いつけられたような縫い目がいくつもあった。車内全てのシートもそれと同じだ。
「嫌!」
私は急いで自分の体を起こし、ここから立ち去ろうとする。立ち上がると私の頬に何かが触れた。今度は何?
私の頬に触れたものを恐る恐る目で確認すると、それは人の腕だった。天井から吊り革の代わりに人の腕がぶら下がっているのだ。
辺りを見回すと、人の腕が綺麗に列を成して吊り下がっている。
「もう嫌だ! ここから出して! 私を元の場所へ帰して!」
私は恐怖の余り気が触れてしまいそうになる。私が何をしたっていうの! ただ、いつも通りの生活をしていただけなのに!
「もう……、嫌だ!」
私は頭を抱え込み、その場に泣き崩れてしまった。何も出来なくて、どうしようもなくて。これが夢だったらいいのに……
「君、どうしたんだ」
これは……お父さんの声? 私を捨てておいて、今更どうした? 私はどうかしたんだ。そうだ。私はどうかしてしまったんだ。
「返事をしろ。置いていくぞ」
いいよ、別に。どうせ私なんて……嫌。それだけは嫌だ。私を一人にしないで! 多額の借金があっても、酒にだらしが無い駄目な人間でもいいよ。だから、お父さん!
「待って! 置いていかないで!」
私が顔を振り上げると、そこには神崎君が立っていた。神崎君は無表情な顔をして、私の泣き顔を冷淡に見下ろしている。
「……神崎君」
「君は俺のストーカーなんだろ。俺を見失ってどうする?」
「……ごめんなさい」
神崎君の私に対する皮肉に何故か謝ってしまった。いつもなら心に突き刺さる皮肉も、この時ばかりは私を元気づけてくれた気がした。
「神崎君。私を待っていてくれたの?」
「誰が君を待つか。俺はまだ、ここを調べ終わっていないからな」
神崎君はきっぱりと言い切った。さすがにそこまで言われると、私も落ち込む。大体、絶望にうちひしがれる人間にそこまで言うだろうか。だけど……
「だけど、ありがと」
私の感謝の気持ちを神崎君は無情にも鼻であしらった。私の事を本当にどうでもよさそうに思っているようだ。でも。何故か少しだけ、神崎君との距離が縮まったような気がする。